第5話 大国皇太子はクリスと一緒の友好国訪問の餌にやる気になりました

こちらは旧大陸。中心部に位置するボフミエ魔導国の内務省はその日も戦場だった。内海から50キロ内陸部にある国都ナッツァの王宮の巨大な執務室の一角が殺気立っていた。


内務卿のオーウェン・ドラフォードは外征というか出張が続いたので、机の上は書類が山積みになっていた。オーウェンは貯まっている仕事を必死に片付けているのかと思いきや、頬杖をついて隣の空席を眺めていた。


「はああああっ」

大きなため息をつく。


その席はボフミエ魔導国の筆頭魔導師のクリスティーナ・ミハイルの席だった。

クリスはオーウェンの昔からの想い人で、最近やっと少し良い方向に向いてきたかなとオーウェンが思った途端に、オーウェンと目を合わさなくなったのだ。

そして、はっきりと避けられるようになった。

想い人から避けられるようになって、オーウェンのやる気は急降下、それでなくても仕事が貯まっていたのに、更に貯まるようになっていた。


「内務卿。いい加減にしてくれ!」

そこに側近の一人のヘルマンが怒鳴りつけていた。


「判っているのか。内務卿。今はスティーブや財務卿がザールに行っていて不在。それでなくても忙しいのに、ロルフは魔導学園の入試に取られて本当に人手不足なんだぞ。それでなくても内務卿自体が1ヶ月位出張していたんだから仕事が馬鹿みたいに貯まっているんだ。いい加減にきちんとやってくれ」


「そんなこと言ったってヘルマン、クリスが冷たいんだぞ」

「そんなのいつものことだろ。これで仕事が滞ったら更に冷たい視線にさらされると思うぞ」

ヘルマンはは更にダメ出しする。


「今と何が変わるんだよ」

オーウェンはぼそっと言った。


「オーウェン。教育省の書類の決裁はまだなの」

そこへ怒り心頭のアメリア教育卿が隣の机群(島)から乗り込んできた。ボフミエの宮殿の巨大な執務室の中は各省庁の机が省ごとに固まっていて何百人もの官僚がそれぞれの机群(島)で働いていた。

テレーゼ皇太子でもあるアメリアは夏休みをテレーゼで過ごすために今必死に働いていた。この夏休みに帰ってこないなら、勝手に婚約者を決めると母の女王に言われて、アメリアは焦っていた。何としても帰って母の陰謀を止めなければと思っていた。


「あなた判っている。何としても私はこの夏にはテレーゼに帰らないといけないのよ。帰らないとお母様が勝手に婚約者を決めてしまいそうなのよ」

アメリアはオーウェンの机を叩いた。


「えっ、何だって」

ヘルマンは驚いた。持っていた書類を落とす。


そのヘルマンの様子にオーウェンは驚いたが、

「別にお前に婚約者が決まっても俺何の被害もないし」

「何言ってるのよ。あんたの名前も上がっているのよ」

「えっ」

更にヘルマンが青くなる。


「はんっ!、何で俺の名前が上がる?」

「テレーゼの一部貴族が暴走しているのよ。ドラフォードに王妃を出したんだから、今度は王配を返してもらえって」

「そんな事してドラフォードはどうするんだよ。俺以外の男の王子は居ないぞ」

「あんたの妹を女王にしてウィルと結婚させるって案もあるみたいよ」

「はっ? 妹で国がもつかよ」

「国王は傀儡で良いっていう貴族もいるんでしょ。ドラフォードの文官は優秀だから」

「何だとあいつら」

たしかに一部貴族は王族が優秀なことに不満を持つものもいた。


「クリスはたしかに優秀だけど、魔力量は世界最大。あんたと結婚したらその子供も強力な魔力をもつのが貴族たちにとっては恐怖なんじゃないかしら」

「奴らなら言いかねないな」

「私に協力してくれたらあなたとクリスのことも母から何とか言ってもらうわ。この夏休みテレーゼに招待するわ」

「うーん、クリスと二人で招待か」

その話は確かにオーウェンには魅力的だった。クリスと旅行に出られれば今の状況が変わる可能性も十分にありえる。テレーゼ女王のアメリアの母が良いことを言ってくれるとは限らないが。


「いつ頃帰るんだ」

「出来たら1週間くらいあとかな」

「それは難しいのでは無いですか」

固まっているヘルマンの代わりに部下のシュテファンが言うが、

「判った。やる」

オーウェンはそう言うと急遽スイッチが入ったとように動き出した。


「えっ」

皆、目が点になる。


それを無視してオーウェンは魔導電話で海外の領地に指示を出しながら、机の上に貯まった書類を次々に処理していく。

その速さは人のやることではなかった。


「ヘルマン、ここはどうなっている」

片手間に部下に次々に指示を出していく。部下たちは慌てて仕事に入った。



「シュテファン。洪水の被害状況のこの数字がおかしいぞ」

「アメリア、何だこの小学校の数字は。一桁間違っている」

省庁を跨いで指示し、周りもてんやわんやになるが、それを構うこともなく、次々に指示を出して行く。


それに振り回される周りにしてみればたまったものではなかった。

しかし、その凄まじい仕事量で翌朝にはオーウェンの机の上の書類は1枚も無くなっていた…………


「な、何で・・・・・」

ヘルマンは呆然とそれを見ていた。自分の机の上の量はそんなに減っていないのに、何故オーウェンの仕事は殆ど無くなっているんだ。ヘルマンには理解できなかった。

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