第5話「アテナと竜太郎…二人の思い」

 くみがニケとして覚醒かくせいし、自分の能力を垣間かいま見せた時に、母であるアテナも女神アテナとしての記憶を取り戻した。


 それからの、くみの人生における、アテナの努力は並大抵のものではなかった。


 自分自身まだ慣れない日本の地で、主婦として母親としてくみを育て、幼いくみに対してニケとしての自覚と能力の制御の仕方等も教えていかなくてはならなかったのだ。やはり女神としての慈愛じあいの気持ちと、人としての母性本能の両方において、アテナはおのが娘を精一杯愛しはぐくんだ。ニケは自分が他の同世代の子供達と異なることに戸惑いを覚えながらも、母アテナの献身な子育てに感謝しながら、すくすくと育った。


 アテナは自分の夫であり、くみの父親である竜太郎にも真実を隠しておく訳にはいかなかった。


 自分達二人の覚醒した日に、アテナは全てを包み隠さず竜太郎に打ち明けたのだ。不思議な事に、竜太郎はアテナの告白を聞いても驚かなかった。アテナに嘘だと言う事も、彼女を変人扱いすることも無かったのだ。


 これにはアテナの方が戸惑ってしまった。いくら夫である竜太郎が自分の事を理解し愛してくれていると言っても、妻アテナの告白した内容が並外なみはずれて尋常じんじょうではないのである。


 夫に簡単に受け入れられるという事の方が、アテナにとっては気味が悪く思えても不思議ではない。彼女が夫に尋ねてみると、竜太郎は次のように妻に答えたのである。


 ギリシアで初めてアテナに出会った竜太郎は、一目で彼女に恋に落ちた。これはアテナも全く同じだったのだが、竜太郎の方は少し違っていたのだと言った。


 竜太郎は、アテナを外国人ではあるが一人の女性として恋をすると同時に、彼女に対して口で説明する事の出来ない、畏敬の念をも抱いたのであった。これは、信仰心の薄い日本人である竜太郎にとっては、理解するのが難しい非常に不思議な感情であると言えた。彼がそれまでに味わったことの無い、言葉に表現出来ない感情だったのだ。


 この夜、竜太郎も妻アテナに対して、二人が初めて出会ってから今までの、自分が彼女に抱いていた想いを告白したのである。竜太郎はアテナに対して恋心を抱いたのと同時に、自分自身の彼女に対する使命感めいたものを感じたのだ


 自分がアテナを一人の女性として愛すると同時に、彼女が自分の命に代えても守らなければいけない存在であると、頭で理解するのではなく心で感じたのである。誰に命令されたわけでもなく、それが自分の生まれながらの使命であると竜太郎は心にきざみ秘めながら、アテナを愛し生きてきた。


 ただこの女性を愛したい、守りたいというたましいの叫びが彼の内からき上がってきたのだ。


 自分がこの世に生を受けたのは、まさしくアテナと出会い、恋に落ち、愛し合い、契りを結び、二人の間に子をもうける事だったのだと、心で理解したのである。


 「ごめん、アテナ… うまく説明出来なくて…」


 口ごもりながら言う竜太郎に対して、アテナは下を向いたままだった。竜太郎が何かを言おうとしたその時、アテナは震えながら顔を上げて夫を見つめた。 


 彼女は泣いていたのだ。竜太郎の自分に対しての愛を込めた心からの告白に感動し、その美しく青い瞳からとめどなく涙を流していた。


「ありがとう、あなた… あなたは私を一人の女として愛してくれたわ。私が女神アテナの転生した姿だと、うすうす感じていたのにも関わらず…」


「私もあなたとの出会いには、運命のようなものを感じていたの… 魂の結びつき…と言うのかしら…? もし、あなたと出会わなかったら他の男性に対して同じことを感じる事は永遠になかったでしょうね。竜太郎、あなただったから、私達は愛し合えたのよ… そしてその結果、くみが生まれた。」


アテナは竜太郎の両手を自分の手で握り、彼の目を見つめながら話す。


「私がこの時代の女性として転生した事と、ニケもまたくみとして生を受けた。ニケが誕生するために竜太郎が必要だったんだわ… あなたでなければならなかった。日本人の榊原竜太郎が、転生した女神アテナの覚醒とニケの誕生のために必要だったのよ。私は心からそう感じ、信じます。」


 竜太郎も妻アテナを見つめて手を取り、二人はしっかりと両手を握り合った。


「この事が何を意味し、天が僕達に何を求めているのかは分からない…」


竜太郎がアテナに言う。


「でも、僕達でくみを守り育てていこう。何があっても三人で力を合わせて生きていくんだ。アテナ、君を愛してる。」


二人はどちらからともなく身体を寄せ合い、お互いを力強く抱きしめた。


「ありがとう、竜太郎… 私もあなたを愛してる。人間アテナとして…」


 二人はその夜、夫婦として人間の男女として互いを求め合い、激しく愛し合った。何度も何度も…


 となりの部屋では娘のくみが、幸せそうな笑顔を浮かべて安らかな寝息をたてていた。


 この時、三人は幸せな家族であった。榊原家には愛があふれていた。いったい、天はこの三人に何を求めているのだろうか…?


 三人が真実に気づくまでにはまだ時がある。それまでの間、幸せな家族の時間が続くだろう…


しかし、その後に三人を待ち受けているものは…?


今は誰にも分らなかった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る