22.脱兎のごとく

 警戒は怠らないで。


 その一言が、耳の奥でずっと響いている。

 アリサは、私たちが柳生くんと話すことを、完全には認めてくれたわけではない。

 それがよくわかる言葉だった。


 当たり前だ。

 目の前でクラスメイトが怪我をして、自分だって骨折して。

 その原因である人を許すことも、その人に自分の友人が近づくことも、嫌だろう。


 だけど、私はうっすらと気づいてしまった。

 それらが、柳生くん自身が直接手を下したものではないことに。

 だからこそ、私は柳生くんに触れたいと思った。

 近づきたいと、彼のことをもっとよく知りたいと。


 記憶をたどるように、私は校舎裏へと向かう。

 いるかどうかなんてその場に行かないとわかりっこない。

 でもどうしてか、そこにいると私は確信していた。


「柳生くん……?」

「のわっ!?」


 果たしてそこには、予想通り柳生くんがいた。


 漫画のように勢いよくその場で飛び上がった柳生くんに思わず吹き出してしまう。

 そんな私をじろりと見たかと思えば、柳生くんは駆け出した。


「あ、待って!」


 慌てて追いかける。

 陸上部のサラと比べて柳生くんは遅いとは言え、そこまで運動神経に自信があるわけじゃない私と比べればその差は歴然だ。

 ぐんぐん距離は開いていく。

 それがそのまま心の距離を表しているような気がして、私は必死に足を動かした。

 広げたくなんかない。

 きっとそれは、私のわがままなんだろうけども。


 息が切れて、肺がキリキリと痛み出す。

 自分の呼吸の音が、べったりと耳に貼りついている。

 足がどんどん重くなっていって、なかなか思うように上がらない。


 あ、と思って壁に手をつこうと伸ばしたけど、ずりっと滑り落ちた。

 それでもなんとか踏みとどまろうとした足首に嫌な感覚が走り、その場にうずくまる。

 抑えた黒いニーハイに、赤い色がつく。

 手のひらのヒリヒリとした痛みから、どうやら壁に手をついた拍子に擦りむいたらしい。

 ジンジンとした痛みに、小さくうなる。


 痛いし、苦しい。

 でも、行かなきゃ。


 ひりつく手を壁につく。

 それを支えにして、なんとか立ち上がった。

 手に体重を掛けながら、一歩、また一歩と歩き出す。


 きっと柳生くんのことだから、どこか人気のない場所に向かったのだろう。

 私が追ってきていないことを確認したら、そのままそこにいるはずだ。

 そこに私が現れたらびっくりするだろうか。

 驚いて、呆れるのかな。

 それともまた、逃げられるのかもしれない。

 脱兎のごとくって、きっとあの柳生くんのことを言うんだろうな。


 そんなことを考えながら角を曲がる。


「嘘」


 目の前にいる人が、大きく目を見開く。

 明らかに戸惑っている彼に対して思わずこぼれたのは、その一言だった。

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