5分で読める物語『蒼の炎舞 ~最強家系に生まれた青二才~』

あお

第1話

「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。


『間宮の家に弱者はいらん。序列者になれぬのなら、ハルト、お前を破門とする』


 昨夜親父から勘当宣言を受けた俺は、学園内にあるベンチでひたすらに項垂れていた。


「これでも頑張ってるんだけどな」


 そんな言い訳は一切通用しない。それがうちの家『間宮』だ。

 間宮はこの200年〝世界最強〟に君臨し続ける名家中の名家で、『紅炎の間宮』という異名を持つ。

 その名が意味するのは、間宮家が得意とする火炎魔法『紅蓮』が世界で恐れられるほど強大な威力を持つ、ということである。

 透き通った透明感のある紅色の炎が、触れたものを一瞬で灼き尽くし、間宮家当主の我が父はその炎で国を丸々一つ潰している。


 そんな最強の火炎魔法使いの一族である間宮家に、嫡子として生まれた俺――間宮ハルトは家の内外から〝二〇〇年に一度の不良品〟と呼ばれている。

 なぜか――

 理由は単純で、俺は間宮が得意とする火炎魔法をほとんど使えない。

 練度の低い〝青い炎〟しか使えず、10年以上鍛錬しても〝紅い炎〟は出なかった。

 世界最強の間宮の嫡子がこんなでは、と家族総出で頭を抱えている、らしい。


「一応エリート校には合格できたんだから……ってそれも親の威を借りた結果か」


 俺はふぅっと息をはき空を仰ぐ。

 そこには雲一つない蒼天が広がっていた。


「はぁ……」


「まーた、ため息ばっか吐いて。辛気臭いよ兄さん」


 ひょこっと俺の顔を覗いてくる美少年――間宮カイトは、やれやれとった様子で顔を左右に振っている。均整の取れたその見てくれは、本当に俺の双子の弟かと疑いたくなるほど美麗な顔立ちだ。

 ――そして俺の首を絞めつける鎖でもある。


「うるさいな、放っといてくれよ優等生」

「冷たいなぁ。兄の心配をするのが弟の役目じゃないか」


 困ったように笑うカイト。その余裕っぷりが余計鼻につく。


「兄さん、次の序列戦に負けたら家から追い出されるんでしょ? こんなとこで呆けてないで、練習なり特訓なりした方がいいんじゃないかな。――兄さんはまだ〝青い〟んだから」

「余計なお世話だよ」


 弟の闖入に居心地が悪くなった俺は、ベンチから立ち上がりその場を後にする。


「序列戦、楽しみにしているよ」


 カイトの含みのある声が俺の背に投げかけられた。



 東京湾の埋め立て地に建設されたこの学び舎――紫臙しえん学園は世界に通用する剣士・魔術師などの戦闘員を輩出する特技戦闘に特化した学園である。

 戦闘員は巨獣の討伐や紛争処理、自然災害阻止などを目的とし、世界の秩序維持に貢献している。

 我が紫臙しえん学園は毎年その戦闘員の合格者を10名以上も出している超エリート校だ。

 が、その実生徒数は約五千人なので倍率で言えば500倍と戦闘員になれる者はこの学園でも一握り。その〝なれる者〟とされるのが『序列者』と呼ばれる猛者15名である。

 彼らは単に成績上位の15名、というわけではない。月に一度開催される序列戦において現序列者を打ち負かした者、それが『序列者』だ。成績はもちろん結果を出せる〝実力者〟でなければ戦闘員など夢のまた夢、ということだろう。


 そんな圧倒的実力主義の序列戦で、先月学園史に名を刻んだ男、それが弟のカイトだった。

 初めて参加した序列戦で間宮家お得意の『紅蓮』魔法を使い、見事序列一位の先輩を一年生ながら打ち破った鬼才である。

 対して俺はガス欠を起こし、青い炎すら使えずに瞬殺……と。


「はぁ……」


 どうしてこうなったのだろう。


「まったく。背を曲げ歩き、溜息まで吐くとは辛気臭いのう」


「うるさいな、放っといてくれっ……て……誰だ?」


 後ろから声がしたので振り返ると、そこにはやれやれといった様子で両の手のひらを空に向け、呆れた顔でこちらを見つめる幼女の姿。

 背丈は俺の腰辺りで、白いマントを羽織ったシスターを思わせる見てくれである。

 桜色の艶やかな長髪が幼女の膝まで伸び、その間から見え隠れするつぶらな瞳にちょんと乗っかった鼻口がなんとも愛らしい……んだが、学園の敷地内にこんな幼女生息してたっけか?


「なんじゃその奇怪なものを見るような目は! 身の程をわきまえよ坊主。ワシは最高神に連なるが一人――慈愛の魔女メルシーであるぞ!」


 メルシーと名乗った幼女は、胸を張り腰に手をついてふんぞり返るような仕草を見せた。

 ……なんなんだこいつ。


「だから慈愛の魔女だと言っておろう?」

「心も読めんのかよ⁉」

「ふははは、ワシは魔女だからな。読心術なんて朝飯前じゃわい」


 得意げな顔を見せるメルシー。

 可愛い……じゃなくて! なんだって俺はこんなやつに絡まれているんだ。


「お主から漂う悲壮感が凄まじくての。声をかけずにはおれんかったんじゃ」


 それはそれは深刻な面持ちでメルシーが俺を見つめてくる。


「ひ、悲壮感ってなんだよ。そんな顔で俺を哀れまないでくれ。余計惨めになるじゃないか」

「惨めだなんてあるものか。お主は受ける必要のない罵声を浴び続け、身も心も極限状態に追い込まれておる。誰かが手を差し伸べなければ、お主はいずれ潰れてしまう」


 こぼれ出るため息がその証拠じゃ、なんて言われてしまえば俺に反論の余地などなく、ただ黙り込むしかなかった。


「だから慈愛の魔女であるワシがお主のもとに赴いた、というわけじゃ」


 そう言ってメルシーは優しく俺にほほ笑みかける。

 その姿を天使と形容しても差し支えない。


「さて、ここからが本題じゃ」


 ……本題?


「お主、強くなりたいか?」

「そ、それはもちろん」

「ワシが慈愛を込めて鍛えてやると言ったら、どうする?」


 メルシーはどこか試すような目つきでそう問いかけてきた。


「鍛えるって……」

「ワシは魔女じゃ。この世で五本の指に入る魔法のスペシャリストぞ。こんな機会滅多にないと思うんじゃがなぁ~」


 ちらり、と片目で俺の表情を伺う。

 そんな瞳で見つめられちゃ断るのも断れないじゃないか。


 ――いや落ち着け、場の雰囲気に流されるな。見ず知らずの魔女を名乗る幼女に魔法の指南? 誰が聞いても怪しむに決まっている。そうだ、彼女は怪しすぎる。なんでこんな小さな子供が学園をほっつき歩いてるんだ。新手のテロか? それともただのイタズラ? 


「つべこべうるさいの~、お主はザコなんじゃからさっさとワシの弟子になれば良いじゃろ」

「っ⁉ いま、なんて」

「だーかーらー、お主はザッッッッコじゃ‼ さっさとワシの僕(しもべ)にならんか‼」

「てめぇ、人をザコザコ呼びやがって、大人をなめるのも大概にしろよ⁉」

「はっ、まだガキンチョではないかお主は。魔法が未だ赤子の頃から成長しておらんのじゃろう?」

「て、めぇ……っ!」


 抑えろ、抑えるんだ。さすがに子どもに手を出すのはマズいって――


「ま、そんな化け物じみた魔力を持っておれば扱うのは至難の業よの」


「――え?」


「なにとぼけた顔をしておる。もしや気づいておらんのか? お主の〝青い炎〟は『はじまりの魔女』が使っておった〝蒼炎〟の魔術じゃと」


 は、何を言って……青い炎がはじまりの魔女と同じだって――?


「信じるも信じないも好きにするが良い。じゃがお主が魔術を使えんのは、膨大な魔力量に対して魔術技能が未熟だからじゃ。魔術の本質は不可視。それを使いこなすには己に魔力があると信じ込むところから始まるんじゃよ」


「そんなこと言われたって、俺は青い炎から成長できない落ちこぼれで、欠陥品で……」


「はぁ、いまのお主には何を言うても無駄なようじゃな。お主が魔術を使えるようになったらまた顔を見に来るとしよう。――いいか、お主は決して弱くない。強くなりたば己を信じよ。それと――」


 メルシーは一瞬言い淀んでこう言った。


「青い炎はとても綺麗じゃ」


 メルシーはつま先をこつんと鳴らし、その場から姿を消した。


「……とても綺麗って」


 ピコン。

 ポケットに入れた携帯端末がメッセージを通知する。


『序列戦の対戦相手が決定しました。次回の対戦相手は〈間宮カイト〉です』


***


 学園の中央にそびえ立つスタジアムで序列戦は行われる。

 フィールドを囲うように生徒五千人が観客席に座っていた。


『ただいまより序列戦第三試合を開始します。序列者〈間宮カイト〉・挑戦者〈間宮ハルト〉両者所定の位置についてください』


 位置につき正面を見据える。

 そこには余裕の表情を見せる弟カイトの姿があった。


「まさか兄さんと序列戦で戦える日が来るなんて。しかも破門がかかった勝負。きっとこれが兄さんと戦える最初で最後の勝負なんだろうね」


 悪びれることなくカイトは爽やかな笑顔でそう言った。


「最後になんてならねぇし、破門にもならねぇよ」


 最大限の見栄っ張り。俺が唯一培ってきた常套手段だ。


『――始め』


 試合開始と同時に俺は地面を蹴って走り出す。


「遅いよ」

「っ⁉」


 一瞬で周囲が紅蓮の炎に包まれた。これが間宮の力。


「さすがの兄さんも炎耐性ぐらいは持ってるよね? そうじゃないと炎系魔法なんて使いこなせないもんね?」

「――ぐっ!」


 押し寄せる炎の壁。

 その中で最も薄い部分を選んで、炎の中に飛び行った。


「あははっ! 夏の虫じゃないんだからさぁ!」


 カイトの嘲るような笑いが聞こえる。

 だがそれどころじゃない。落ちこぼれで欠陥品の俺は炎耐性など持っていない。


「がぁっ!」


 触れたものを灼き尽くす間宮の炎。

 皮膚は焦げ付き、身体から煙が上がっていた。

 なんとか炎の壁から抜け出し、制服に移った火を手で払う。


「意外と頑丈なんだね兄さん。……弱いくせに」


 そう言う弟は不機嫌そうに目をすぼめていた。


「兄さん、間宮家に弱いやつなんかいらないんだよ。さっさと出てってくれないかな。――いい加減目障りだ」


 カイト大きく右手を振りかざす。

 直後上空にできた巨大な炎球が、隕石のごとく俺の頭上へ落とされた。

 俺は全力ダッシュでフィールドを駆け巡りなんとか直撃を防いだ。

 カイトは苛立たしげに舌打ちをし、次いで嘲笑を浮かべた。


「逃げるしか能がないなんてやっぱりザコだね。あぁ弱い弱い」


 ……知ってるさそんなこと。


「間宮の恥だね恥!」


 ああ、恥だとも。


「どうして最強の家系に生まれてきたのに、そんな弱いのかなぁ」


 うるさい、もう喋るな。


「青いままの未熟もの。そんなザコに居場所なんてねぇんだよ」


 喋るなって。


「――兄さん、あんた生きてる価値ないよ」



「カイト、歯食いしばれ」



「はっ! ザコがなにカッコつけちゃってんのさ‼」


 そうだ俺はザコだ。

 最強の家系に生まれた落ちこぼれ。

 青いまま成長できずにここにいる。

 紅い炎が使いない間宮なんて、存在価値すらないんだ。

 だけど……だけどさ‼


 ――青い炎は綺麗だと、俺も思っていたんだ――


 ドクン!


 これまで押し殺していた感情が、俺の何かを弾けさせた。

 

――青くたって、俺は強い!


 バチバチと青い火花が周囲に散る。


 ――紅炎をのみ込む魔女の蒼炎‼


 全身が〝蒼い炎〟で包まれた。


おれお前よりも強いんだぁぁあああああ‼」


 願望。しかしその一瞬だけは、確信に変わっていた。

 右手をカイト目掛けて振り上げる。

 同時に巨大な蒼炎がカイトを囲い灼き尽くす。


 ブーッ! と会場にブザー音が鳴り響いた。


『試合終了。〈間宮カイト〉戦闘不能。――勝者〈間宮ハルト〉』


 会場には地響きのような歓声。

 鼓膜を破りそうなその轟音の最中、聞き覚えのある声が確かに聞こえた。


「あぁ、やっぱりお主の炎はとても綺麗じゃ」


 客席の最上部、そこには一瞬だけ魔女の微笑みがあった。

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5分で読める物語『蒼の炎舞 ~最強家系に生まれた青二才~』 あお @aoaomidori

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