第一〇話:結界の外


「無理はしないようにね。フォンセ、ネージュを宜しくね」

「ん。任せて」

「無理はしないよ」


 アクアに心配されつつ、フォンセとともに結界の外へと出る。

 結界を出た瞬間、周りの気配と言うか雰囲気が変わったのが分かる。結界を出ればそこは、精霊の森の本当の姿だ。結界内よりも、若干薄暗い。


 まあ、何度か外に出ているので分かっているけど。


 結界の外に出た理由……早く言えば、もう少し魔物との戦いに慣れたいというのがある。ほら、虫系の魔物はちょっと気持ち悪くなったりするし、その辺りをちょっと鍛えておきたいなと。


 でもまあ、虫の魔物には会いたくないのが本音だけど。


「それで、何処から行くの?」


 今回の付き添いできてくれたのは、フォンセだ。

 昼間ではあるけど、森の中なのでほとんどが日陰だし、結界内よりも薄暗く闇が多い。だから、フォンセが来てくれている。とは言え、実際はアクアとルミエールは何かやることがあるらしくて一緒に来れるのがフォンセしか居ないっていうのもあった。


 何処から行く、か。

 一応、魔物が良く居るスポットとしては幾つかあるのだが、それぞれで魔物の種類が違ったり、魔物の強さも違ったりとか、様々である。これらが全部、ティタやアクアたち精霊からの情報。


 流石は大精霊と精霊王、伊達にこの森に長く居る訳ではなく、隅々まで知り尽くしているみたいだ。そんなスポットへ案内され、魔物と戦わされたりしたんだけどね。


「んー、一番外側のところかな。弱い魔物が多い所」

「ん。了解」


 フォンセが付き添ってくれているので、何かあっても大丈夫だとは思うが、それでも何か起きない方が良いのは確かなので、油断は禁物だ。緊急事態的な感じで、どうしようもない時が発生した場合等に備えて、僕が外へ行く時は必ず誰かが付き添う。


 過保護な気はするけども。


 それは置いとくとして、まず行くのは精霊の森の浅い部分……要するに森の外に近い位置だ。前にも言ったと思うけど、精霊の森は奥に行くにつれて魔物が凶暴だったり、強かったりとかするのだ。

 つまり、その反対……奥ではなく、浅い部分に生息する魔物は比較的弱いという事だ。本当に浅い部分とかは、魔物との戦いの心得が最低限あれば、余裕で倒せるくらいの魔物がほとんどだったりする。


「フォンセも、ありがとう。昼間なのに」

「ん。気にしないで。これも役目だし、ネージュに何かあったら嫌だから」


 純粋に心配してくれているのかな? 嬉しい事である。

 ……まあ、僕が同じ精霊だからというのもあるのかな? これがもし、人間の僕のままだったらどうだったか分からないよね。僕は今でも人間だって思っていると言うか思いたい……。


 まあ、完全に精霊なのは間違いないけどね。

 精霊特有の霊体化と実体化を、自由に切り替えられるし……この時点で既に人間卒業しています、ありがとうございました。


「ん……」

「フォンセ?」


 目的の場所へ向かっていると、フォンセが足を一度止める。

 どうしたの? と思った僕はフォンセを見る。そんな彼女の視線の先へ、向けてみるとその先には何処かで見覚えのあるような魔物が彷徨いていた。


「シルバーウルフ……だっけ?」

「ん。この浅い場所にいるのは珍しい」


 シルバーウルフ。

 綺麗な白銀の毛皮が特徴の、狼のような見た目をした魔物だ。精霊の森で言うと、結構奥に行った辺りに見かける魔物なのだが……今僕らが居るこの場所は、浅い部分なので、ここに居るのは非常に珍しい。


「一体というのも気になる」


 基本的には集団で行動する習性を持つ魔物なので、こうやって単体で居るのもまた珍しい。


「考えられるのは、一緒に行動していたシルバーウルフが殺られた?」

「その可能性はある」


 何に殺られたかは分からないが、それならば一体っていうのも納得がいく。

 でも、シルバーウルフって、ウルフ系の魔物でもかなり上位の種族で、そんじょそこらの魔物には負けないはずなのだが。この辺で殺られたっていうのは考えにくいな。


「やる?」

「待って。あのシルバーウルフ、怪我しているみたい」


 取り敢えず、シルバーウルフがここに居るのは結構危険なので、討伐するかと聞いたらフォンセは待ったをかける。言われた通り、良く見るとそのシルバーウルフは怪我をしているのが分かる。


「グルルル…」


 警戒しつつ、近付くとシルバーウルフはこちらに気付き僕らを威嚇するが、弱々しい。何とか立ち上がれている感じだ。しばらくこちらを威嚇してくるが、そのままシルバーウルフは地面に倒れてしまう。


「治すの?」

「ん」


 でも魔物だから、治したら襲ってこないかな? でもまあ、確かに……こんな浅い所で、大怪我を負って倒れていると言うのは気になる。シルバーウルフを倒せるくらいの魔物が近くに居る?


「……」


 僕は周囲を見回す。

 ついでに、風の力を使ってこの辺りに何か強力な魔物とかの気配がないかを探るが、特に該当はなし。今は居ない? それとも、もっと奥の方とかで負傷して、ここまで何とか逃げてきた?


 もし、シルバーウルフを倒せるくらいの魔物が浅い場所に居るのであれば……ティタに言って、対応してもらうしかないか? 結界を張っている範囲は、あの湖の所だけだけど、精霊の森全体を一応管理しているのがティタだし。


 一応ティタたちは、定期的にこの精霊の森の魔物を間引いているみたいだしね。

 魔物が増えすぎて、スタンピードなんて起きてしまえば大惨事になる可能性があるから。いくら結界で守っていても、一気に魔物が押し寄せてきたらどうなるか分からない。

 そもそも、精霊以外には見えないらしいので、大丈夫そうな気はするけど……念の為、と言った所かな?


「この傷……恐らく、爪か何かでやられたのかも」


 シルバーウルフを治療しつつ、フォンセは傷の場所を指差す。治療のおかげで、傷は徐々に塞がってはいるけど、土に滲む血の跡が、結構な大怪我だったという事を物語っている。


「爪……ブラッディベア?」

「そこまでは分からない……でも、ブラッディベアの可能性もある」


 更に奥に行った所に居るブラッディベアと呼ばれる凶暴な魔物。見た目は、実際見せてもらったが熊のような感じだ。爪も鋭く大きいので、あれで切り裂かれたらひとたまりもない。


「ブラッディベア……」


 名前とか、特徴だけは教えてもらっている。

 見た目はさっきも言ったけど熊。全長は2メートル以上で、一番でかい個体では3メートルに迫る大きさだとか。そして、鋭く大きな爪に、赤い色の皮。しかも、結構硬いらしい。


 その赤色の毛皮がブラッディ……つまり血という名前の由来だったりする。

 で。一番やばいのが、その機動力……大きな図体に見合わない速度で迫ってくると言っていた。一撃一撃も非常に強力で、かすっただけでも普通の人ならひとたまりもない。


 ブラッディベアがここに居たら、それはティタに報告しないとな……魔物を倒す練習をするつもりで、外へ出たのだがそれはまた後になりそうだな。





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