第三話 〜ヴァンパイアって?〜

 今日僕は、アルバイトで赤井さんの隣に座っていた。

株式会社魔法技術研究所。


『世界史上初の株式会社 魔法技術研究所

                終身名誉社長 A・A・フェリペ』


でかでかと掲げられている言葉は、入室すれば絶対に見えるように工夫して飾られていた。



 本社事務のアルバイト研修初日。研修の担当は赤井さん、ちょっと気まずいところはあるけど、何も知らなかったから許して!


「それじゃあ木戸島さん、パソコン立ち上げましたか?

 まずはチャットワーカーのアカウント作って貰います」


赤みのある髪と瞳をした少女、赤井さんはそう言って僕のパソコンを覗き見る。

僕は、おぼつかない操作でキーボードを触る。


「チャットワーカーですか?登録って、どうするんでしょうか」


「とりあえずネット検索で、チャットワーカーって検索してみてください」


 中学校の授業で習った通り、僕はゆっくりキーボードで文字を打つ。キーボードなんて普段扱わない、スマホの入力のほうが早いし、便利なんだけどな。そう思いながらも、将来的には必要になるような気がして、練習する良い機会かもしれないと感じていた。

 指示通り、チャットワーカーのサイトを探し、登録。その後もチャットワーカーに様々な資料が添付される。その資料を使っての研修が進む。次々とチャットグループに招待されて挨拶し、もう把握しきれないほどにチャットグループが僕のチャットワーカーに登録されていた。

 なんだかSNSのLIKEで色んなグループに入って、訳わかんなくなったのと同じ感じがするなあって、思ってしまった。



「それにしても木戸島さん、まさか魔法の素人だったなんてね。

 あたしびっくりしちゃった」


 研修が一段落ついて、赤井さんが笑う。


「いやあごめんね、僕てっきり何か怪しい詐欺に巻き込まれたのかと思っちゃって」


僕は、頭をかきながら弁明した。


「魔法の事知らないと、それも仕方ないよね。

 普通、魔法知識の無い人がウチの求人に応募出来る事なんてないからさ。

 あたしも木戸島さんが逃げ出したときはちょっとショックだったけど・・・」


「あははは・・・」


「お姉ちゃんが木戸島さんを連れてきたのは驚いたわ」


「お姉ちゃん?

 モリガンさんと赤井さんってやっぱり血縁関係なの?

 二人の顔が似てると思ってたから、気になってたんだ」


「ああ、まあ血縁関係よ」


「名前は違うし、親戚のお姉ちゃんとか?」


「まあ、そんなとこ」




 後ろから忍び寄る影に、僕達は気が付かずにいた。

「優ちゃん〜!お姉ちゃんが帰ったわよー!」


赤井さんの真後ろから、急に覆いかぶさる金髪。満面の笑みで、モリガンさんは赤井さんに抱きついていた。そのままモリガンさんは、赤井さんの耳にかぶりつき、手は胸めがけて突き進む。

「あっ、ちょっ、お姉ちゃん!」


何という光景だろうか、美人が可愛い妹に絡んでいる扇情的な絵。18歳以上の成人指定と思われるものを、僕は目に焼き付ける。だって男の子だもの。


「さあて、木戸島君。

 ちょっと今からヴァンパイアに会いに行くんだけど、ついてこない?」


 妹を開放したモリガンさん。赤井さんは、僕が食い入るように見ていたのに気がついて、顔を真っ赤にして目を伏せた。




 ヴァンパイアに会いにいく。その言葉で僕が想像したもの。

1.何か西洋風の城へ戦いに行く

2.郊外の洋館に隠れ住んでいる、老獪なる血族へ面会する

3.実は日本を裏で支配していて、都内の邸宅へと足を運ぶ



 正解は、電車でとある駅で降りて、歩いて五分のヴァンパイア協会を訪問する。でした!

普通に地域密着の非営利団体なんだって。

 電車のつり革に捕まりながら、モリガンさんが僕に問いかける。


「ヴァンパイアってどんなイメージ?」


「えっ?

 そうですね・・・。

 血を吸って。

 十字架とニンニクが苦手で。

 不死身で、コウモリに変身するとか?」


モリガンさんが少し笑いながら答える。

「そうね、映画とかではそうだから、やっぱりそうなっちゃうわよね」


「違うんですか?」


「ずっと昔から、ただ特殊な力を身につけた人達。

 実は、不死身以外はほとんど間違っているわ」


「へえ、血も吸わないんですね」


「最近の研究でわかったのは、彼らはウイルス性遺伝子疾患によって不老になったって事。

 V型遺伝子疾患、通称ヴァンパイア症。

 発症率は10億人に1人程度と言われる、人間に無害とされる人間なら誰でも持ってるウイルス。

 ただ、発症すると致死率は95%を超えると言われているの」


「病気で、なるものなんだ・・・」


「発症後は、39度の高熱と全身の痛みで2日ほど生死の境を彷徨い。

 その後は7日間の仮死状態になる。

 仮死状態中に体の遺伝子が作り変えられ、目覚めた時にはその時点の年齢で固定される。

 この性質のせいで、ヴァンパイアは棺の中から蘇るとかの伝承が出来ちゃったわけ」


「映画とか、アニメとは全然違うんですね」


「そう。

 遺伝子疾患によって、寿命が無くなったただの人間なのよ。

 膨大な時間を生きるから、魔導師になる事が多いのと・・・。

 1人の男が、ヴァンパイアのイメージを映画と同じものにしたわ。

 ドラキュラ伯爵と呼ばれる彼は、ヴァンパイアこそが人間の上位種であると宣言した。

 人の血をワインとして飲み、カニバリズムが人間の上位である証明だと言い、好んで食べている」


「じゃあ、あの映画って史実を元にした創作?」


「ええ、そして彼は今でも生きていて、一部のヴァンパイアは彼を妄信的に信仰している。

 普通のヴァンパイアは、人間と同じ生活して、同種族で結婚して仕事も持っているわ」


「寿命が無いってだけで、普通の人なんですね・・・」


「そう、元々なりたくてヴァンパイアになった人間なんて、居ないのよ」


「貴方が公園で出会ったのは、その一部の狂信者達が好んで使うグールだったから。

 一応ヴァンパイアに連中の情報が無いか、聞きに行くってわけ」


『次は〜溜池山王。溜池山王。南北線はお乗り換えです』

車内アナウンスを聞き、僕達の会話は止まる。


「それじゃあ降りるわよ、木戸島君」


僕達は、電車を降りてホームを歩く。

 本当になんでも無い、都内にある普通の駅で降りて、徒歩五分のところ。日本で生活するヴァンパイアへの支援団体。表向きは非営利の貧困支援団体で、日本でヴァンパイア症を発症した人の支援を行っているらしい。

 あまりにもありふれていて、知らないと気にもしない8階建てビルの6階にあった。日本ヴァンパイア協会本部。




 ありふれたビルのエントランスを抜け、普通のエレベーターに乗り、ごく一般的な受付のインターフォンを鳴らして待合室に通された。ヴァンパイア協会本部。


「モリガンさん〜、お久しぶりですねえ〜」

なんだかぽわぽわした女性が待合室へと入ってくる。ヴァンパイア協会の人なのだから、ヴァンパイアなのだろう。映画やアニメで抱いていたイメージとはかけ離れた、のんびりとした雰囲気の女性。

 腰まで伸びた髪を茶色く染め、事務系の落ち着いた色の服装。ニコニコしながらゆっくり、間延びした声をモリガンにかける。


橙子とうこ、貴女も変わらないわね」

モリガンは、近づいてきた女性に応じた。


「はい〜、モリガンさんもおかわりなく〜」


「それにしても、若い男の子を連れて何の御用ですか〜」

橙子は、ぽわぽわしたまま優勢を見る。


「木戸島優勢君、新しくウチで雇った男の子よ、食べちゃダメよ」

モリガンは、優勢の肩を叩いて紹介する。


「あ、はい、木戸島優勢です、よろしくおねがいします」

優勢は大人の女性二人に囲まれ、照れながら挨拶をした。


「まあ可愛い〜、私は夏目橙子です〜、よろしくねえ、木戸島君」

ゆるふわ系、足が浮いたような橙子の声、優勢は照れてつい、胸元も見てしまった。

そう、ここ最近見た中で最も大きいのだ。別に強調しているような服ではない、にも関わらず目立つ。圧倒的な存在感を示していた。


「橙子、念の為言っておくけど、手は出さないでね」


「ええっ!?そんな酷いですよモリガンさん〜、孫くらいの子には流石に手は出しませんよ〜」


「へっ?孫!?」


「そういえば、だいちゃんはもう19歳だっけ?大学生なのよね」


「そうよう〜。

 橙輔だいすけは息子に任せてあるから、あんまり心配はしてないけど。

 でも最近は、私と一緒に歩くとお姉ちゃんに間違えられるから嫌だって言われちゃって〜。

 気持ちはわかるんだけど、孫に拒否されるのはちょっとショックだわあ〜」


 どうみても二十代前半にしか見えない夏目さんは、19歳の孫の話しをしていた。

 ヴァンパイアは、発症した時の年齢で固定される、これがそういう事なんだって。夏目さんの年齢を聞くこと、女性に年齢を聞くことなんて出来ないけど、孫が居るって事なんだ。





 驚愕し、話しについていけないままの少年を置いて、次の話しを進める。

「モリガンさんがこちらに来たということは、解析の結果が出たのですよね〜」


「ええそうよ、予想通りドラキュラ伯爵の書く術式と文法が似ているわ

 具体的な効果解析まで進んでないけど、術式暗号化もドラキュラ形式だから間違いない」


「はあ、困りましたねえ〜」


「協会ではどれくらいの情報を掴んでいるの?」


「その前に、本件の捜査権限はどうなっているのかしらあ〜」


「こっちは警察からのグール大量発生事件の魔法鑑定依頼書。

 それで、こっちが捜査委任状ね」


モリガンは、二つの書面を鞄から取り出し、テーブルに置く。

それを橙子がじっくりと読んでうなずく。


「なるほど〜、今回はそちらに委任されたんですねえ」


「別に大きな意味は無いわよ、今日は家宅捜索でも無いしね」


「まあ同族の事件ですから、疑われるのはわかるわあ〜」


「それで、情報提供は出来るのかしら」


「当たり前だけど、表の入国ではドラキュラ派の動きは掴んでいないわ。

 裏の方はこれから探すしかないわね、でもお高いわよお〜」


「ちょっとは非営利のフリくらいしたら?

 まあ、費用は国が出すから言い値で払うわよ」


「それはありがたいわねえ、ウチも色々と厳しくてねえ」


「それじゃあ術者がつかめたら連絡頂戴」


「良いわよお〜。

 連絡方法は魔法?それともSNS?」


「SNSの方が傍受されにくいから、そっちで良いわ。

 通信術式の暗号化で無意味に魔力消費なんて、時代遅れも良いとこじゃない」


「まあそうよねえ、ほんの30年前までは通信魔法も現役だったのだけれど」


「あんなの、もう魔法協会の若造くらいしか使わないわ」


「あそこはちょっと考えが古いんですよねえ、うちらより若い子しかいないのに〜」


 

 雲の上での会話、優勢はそれについていけず、ただニコニコしていた。言葉の端々に気になるものが・・・。

 ほんの30年前。うちらより若い子しかいない魔法協会。お二人共・・・、お何歳なんでしょうか・・・。僕のおばあちゃんより年上かもしれない女性達。僕なんて、子供過ぎて相手にならないのかなあ?

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