第二話 〜夜の公園と一つの事件〜

 土曜日の夕方、僕は名刺を片手に、悩み倒す。

モリガンさんにすごく電話したい。迷惑じゃないだろうか、仕事中だと全然話しが出来ないかもしれない。でも、プライベートだったとしても、見知らぬ番号からの電話なんてとってくれるだろうか。

悶々として、迷い、決断してから急停止し、また繰り返す。僕の取り柄は突き進む事。昔からずっとそうで、怒られる事もしばしばあった。でもやってみなちゃ始まらないのさ。

心を奮起し、勢いを付けてスマホを押す。さあ鳴った、コール音だ。一回、二回、三回。


 「はいもしもし?」

昼間に聞いた美声が走る。


「モリガンさんですか?」

緊張しすぎて声は裏返った。勢い付けすぎたかも・・・。


「もしかして、昼間の?」

そうです、気がついてくれたし、覚えててくれた!


「木戸島優勢君でしょ?」

あれ?あの時、名前伝えたっけ?いや伝えたんだな、しかも覚えててくれてる。脈有りかも。


「はい、その、モリガンさん。

 お礼で何が良いかなって思って、悩んでしまって」


「ふふっ、学生なのにしっかりしてるのね。

 だけど社会人のお姉さんとしては、言葉だけでも嬉しいわよ」


「じゃあ、せめてお礼をもう一度、会って伝えたいなあって・・・」

苦しいかな?ただ会いたいだけなんだけど・・・。


「そうねえ、丁度いいかもしれないわね」

一呼吸の後、モリガンさんは僕を誘う。


「今夜、待ち合わせましょう」

危険な香りを放つ言葉。僕はもちろん了承する。




 電車で僕は、とある公園へと急いだ。

待ち合わせ場所として指定された公園は、それなりに大きく、また綺麗な公園だった。

テニスコートまであってオシャレ、テニスってスカートがひらひらしてて良いよな。高校入学したらテニスやろうかな。

 まあ、もし大人の女性とお付き合い出来るなら、そんな事する必要も無いんだけど!

準備はした、デートに相応しい男を作る。電話が終わってすぐシャワーを浴び、高校生活用の香水を使い、髪をセットした。服はバシッと決まった襟付きのジャケット。シャツはうるさくない色、春モノの前面中央プリントシャツ。ジャケットから少し覗かせて。パンツは足が長く見える細めのもの。靴は最近買った、一番お気に入りのやつだ。姿見で何度も見直した、なかなか良いんじゃないか。

 公園に入って少し散策し、モリガンさんが指定した大きな時計を見つけた。

 しばらく手持ち無沙汰な時間が続く、人を待っている時間というのはもどかしいものだ。



 「あの、すいません」

不意に声をかけられ、振り向く。

 そこには、僕よりも背が小さくて、潤んだ瞳の可愛い女の子が立っていた。

熱い吐息をして、耳が隠れる程度の髪が目に少しかかる。目はしっかりと僕を見ていた。


「えっと・・・?」

僕には状況を理解する事は出来ない。そんな僕の手を、その少女は取り、僕の目を潤んだ瞳で覗いていた。

 今日はどういう日なんだろうか、可愛い女の子と出会い、美しい女性と待ち合わせして、可愛い女の子に迫られている。人生で一番モテる時期、いわゆるモテ期というものが来たのだろうか。

そんな絶頂の感覚で、僕はゆっくりと近づいてくる少女の唇に合わせ、前へと出た。



 不意に差し込まれる鋭い痛み。わからない何があったのか。

「あっ、痛っ!」


思わず声を上げた、そして痛みを感じたその先を見る。

 爪が刺さっていた。少女の爪が、僕の腕に。鋭く尖った爪は、僕の服を貫いて刺さり、既に血が流れていた。なぜ?わからない。その答えを求めて少女を見る。そして僕は恐怖して一歩身を引いた。

 少女の顔、その感情がわからない。怒り?憎しみ?負の感情ぽい事はわかる。でも人間の表情なのかがわからない。まるで動物のような、威嚇している動物にも見える、もう可愛らしい少女の面影など、何処にも見当たらなかった。


「グガッ、ガガ!」

少女の口から漏れたのは、人間の言葉ではない音。僕は何も理解が出来ないまま、更に僕を傷つけようとする少女ともみ合い、そしてバランスを崩して倒れる。


ゴギンッ!


 乾いた音が辺りに響く。

 折れた、というか折ってしまった。もみ合って少女と一緒に倒れた時、僕の全体重は少女の右腕にかかっていた。


「アガッ!」

少女の悲鳴、僕は掴まれていた腕を振り払い、少女から離れる。

 鬼のような形相の少女と対峙し、僕は混乱の中に居た。


「木戸島くん?」

混乱の中、透き通った声が僕に届く。

 金髪でスーツの女性、昼間と変わらず美しい。モリガン・アリーロッドが僕の後ろに立ち、声をかけていた。


「モリガンさん、逃げてください。

 この子、何かおかしい!」


わからないけど、危険な事だけはわかる。それをモリガンさんに伝えたかった。


「木戸島くん、グールの対処方法は知らないの?」

モリガンは、冷静なまま、僕には理解できない言葉を発する。


「おかしいわね。

 魔法知識も無しに、あの求人を認識出来たのかしら。

 それとも、グールが始めてなだけなの?」


モリガンさんは、僕に問いかけている。でもその問いは僕に届かない。意味をわかっていないから。

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている僕に、モリガンさんはゆっくりと近づいて並ぶ。

 僕とモリガンさんの前には、折れた腕を抱える少女が居た。痛々しいその姿、右腕は肘の先から曲がり、骨が見えている。でも、おかしい、出血が少ない。全然血が出ていない。なぜ?



 モリガンさんは一息吐き、何かをつぶやき始める。その言葉に応じるように、モリガンさんの周囲に円陣のようなものが浮かび上がる。

 魔法陣と呼ぶべきもの。アメリカ映画や、アニメでも最近は見たことがある。実物なんて見る機会があるはずも無かったもの。魔法陣には素早く文字のようなものが走り、新しい魔法陣もすぐに完成する。


「浄化の光、不浄なるものを還せ。

 ホーリーライト」


 優しい声が響いた後、光の柱が少女を包む。スポットライトのような光の中、少女は苦しむ事も無く、消滅した。体は崩れ、空へと還って行くように、光に包まれて消えた。

「彼女には、せめて弄ばれた死を忘れ、安らかなる眠りと次なる生をお与えください」


モリガンが祈る、両手を合わせ膝をつく。教会で祈るシスターのように、聖像ではなく、光の柱に向けて神への祈りを捧げていた。



 

 「あの、モリガンさん」

僕は全てが疑問で、その答えをモリガンさんに求めた。

「何なんですかこれ」


祈る聖女に声をかける。聖女はゆっくりと立ち上がり、光の柱が消えるのと同時に僕を見た。

「動く死体、いわゆるグールよ。

 ここ最近のヴァンパイア種と思われる事件。

 あいつらはグールを使う事が多いから、これも多分その一部だと思うわ」


 その返答も、僕にはわからなかった。僕の知識には存在しない単語が並んでいると、ただ唖然とするしか無い。

「それにしても木戸島君。

 貴方一体どういう事なの?

 ウチの求人は認識出来ていたんでしょう?

 あの認識阻害術が看破できるのに、グールは知らないって。

 どういう生活したら、そんな歪な知識になるのかしら」


モリガンさんは、僕の腕を取って傷を確かめる。僕はまだ世界の外側に居た。言葉は同じなのに、理解は出来ていない。別業界の話題で、専門用語で話し続けられた時、同じ気持ちだった気がする。

「っ!?

 貴方、グールの毒が入ってないわね。

 グールの魔法毒は、傷から侵入するはずなのだけれど・・・」


「その・・・?

 毒?がまわるとどうなるんですか?」


「手遅れになる前に対処しないと死ぬわ。

 グールの毒は、グールを増やすための毒なの」


「じゃあ、あの子も?」


「そうよ、可哀想だけど。

 ずっと前に死んでるから、助けるには浄化してあげる事が最善だった・・・」


「僕は?まだ間に合うんですよね!

 さっきやられたばかりだし!」


僕の焦り、まだ童貞なのに!今日もしかしたらって思ってたのに!財布にもちゃんと用意してた!まだ死ぬわけにはいかないよ!


「それは安心して良いわよ。

 貴方の魔法力が高すぎるのかしらね、毒が体に入っていないわ」


「えっ?

 それって、ようは大丈夫だって事ですか?」


「ふうっ。

 貴方、本当に魔法の知識が無いのね」


「はい・・・。

 その。魔法って?

 映画とかアニメの話しじゃ・・・?」


「魔法については、映画やアニメで語られるものと大差無いわ。

 あれは、魔導師が監修してるものも多いし」


「でも、魔法なんて・・・。

 本当にあるんですか?」

僕は目の前で見ていた、光の柱を。光の柱で消えていく少女も。それでも、今まで経験したものとは全く違う物を理解する事が出来ていなかった。


「人間は魔法適正が低いのよ。

 魔法自体、何万年も前から存在している自然現象の利用方法なのだけど・・・」


「自然・・・現象?」


「そう、魔法は自然現象に色々と命令を書き込んで操るの。

 人間は魔力が低くて、全人口の一割程度しか使えてない。

 だから、大多数の人は魔法を知らずに一生を終えるわ」


「魔法って・・・。

 本当にあるんですか?」

僕はもう一度、素っ頓狂な質問をする。ただ、信じることができず、もう一度確かめた。

そんな僕を見て、モリガンさんは笑みを浮かべて答える。


「ええ、私の名刺に書いてあるでしょう。

 株式会社魔法技術研究所、営業総括室長兼専属魔法顧問モリガン・アリーロッド」


 僕は、その言葉で名刺を取り出して確認する。そこには、確かに書いてあった。面接して、僕が逃げ出した会社の名前。

 モリガンさんが、僕の名前を知ってたのも、会おうって言ってくれたのも、もしかして履歴書を見たから?

 僕のやましい思い、大人の女性とのデート。そしてその先へ続く道。全部、もしかして面接だった?

夢敗れた僕は、ガックリと肩を落とし、モリガンさんは不思議そうに僕を見つめていた。





 モリガン・アリーロッドは考えていた、今日出会った少年の事を。

自室で一人、思いにふける。木戸島優勢君は、本当に魔法を何も知らない少年だった。話してみるとそれがよく分かる。

 そうなると、彼はその素質のみで認識阻害術を看破した事になる。それに、魔法毒も・・・。

 モリガンは身震いしていた、自分を超えるかもしれない素質を持った少年。それを鍛える事が出来る喜び。彼を魔導師として鍛え上げれば、世界最高の魔導師に名を連ねる可能性すらある。

 私と同じ、最高位『アークメイジ』となるまで、彼を鍛える。そんな未来を想像し、喜びに打ち震えていた。

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