株式会社 魔法技術研究所
使徒澤さるふ
第一話 〜バラ色の学園生活の為に〜
僕はずっと、よく迷子になる子供だった。
ずっと、僕には人には見えない、不可思議なものが見えていた。
空を飛ぶ男性、ほうきにまたがる女性。透き通った男女、ドラゴンも、怪鳥も、浮かぶ島も。
誰にも見えない、道を行く人。誰にも見えない、謎の小道。僕にだけ見えている。不思議なもの。
ある日、僕は友達に見えていなかった小道に興味を惹かれ、ついその道の先へと進んでしまった。
道は、やっぱり不思議なところだった。昼間だったはずの空は、薄暗く霧がかかり、太陽は見えない。並木道になっているここは、大きな木が等間隔に立ち、アスファルトが無くなり、土道が先へと続く。
怖くはなかった、僕の進む速度に合わせて、並木道が光る。街灯のように、導くように。一本一本、僕の先にある木が灯る。僕は歓迎されているような気持ちになり、意気揚々と進む。次第に道ではなく、森の中のただの獣道になっていくことにも気が付かず。
不安になるより前、深い森である事に気がつく事もなく、僕は森の開けた広場へと出た。
大きな広場、いつの間にか空を覆っていた木々も場所をあけ、太陽が僕を照らしていた。広場の中心、目を奪われる光景。森の中の家。
・・・家?
家だ、それは間違い無い。家は生えていた。
木の家、比喩なんかじゃない、木造りじゃない。木が家として生えて、立っていた。その巨木の根は広がり、テラスとして自然に成形され、背の低い木々が柵として機能していた。テラスにはテーブルがあって、そのテーブルも巨木の一部。そして巨木にはいくつもの入り口らしきもの、窓もついていた。
そして、一人の女性がテラスへと出てくる。
金髪の、白い肌の、美しい女性。
「そこの君・・・?、どうしたのそんなところで、こっちへいらっしゃい」
僕は木の家に見とれて、テラスの柵にしがみついていたのだった。
女性は穏やかな笑みで、僕に声をかけてくれた。言葉に惹かれて、導かれてテーブルに向かう。そしてテーブルに備え付けられた椅子に、僕は座って、女性と同席した。
僕は夢中になって話した、これまでの事を。不思議な事、見えない人、空想上の生き物。きっとこの人は知っている、本当にこれらが存在していて、彼女もその一部なんだって。
女性は、楽しそうに聞いてくれた。僕の話しを、誰も信じなかった僕の話しを。夢中になって話した、止まらず、加速する。話しすぎて、僕の喉は枯れ、女性が出した紅茶に口をつけた。
美味しい紅茶は喉を潤し、手作りだと言っていたクッキーは美味しくて、どんどん口にいれて、喉が乾いて紅茶を飲んだ。
「久しぶりに楽しい時間だったわ。
でも、ここは貴方の世界ではないから・・・」
その言葉を最後に、僕の記憶は飛ぶ。急激な眠気を覚え、テーブルにクッキーを落とし、顔もテーブルに落ちる。女性が僕の頬にキスをして、そこで夢は終わった。夢のようだった本当の時間が。
「さようなら、貴方に会えて楽しかったわ」
僕は、近所の公園、そのドームのように中が空洞になった滑り台の中に居た。
目が覚め、体を起こし、僕は辺りを見回した。滑り台のドームから外へ出て、最初の昼間だと思った。あれは夢だったのかもしれない、そう思いながら、帰路についた。
一週間、僕は行方不明になっていたそうだ。僕を見た母は泣き崩れ、僕を抱きしめては叱りつけ。また僕を抱きしめて、泣いた。父も僕を叱り、色々な事を聞いてきた。涙を浮かべて、両親は僕を叱っていた。
僕は、本当に後悔した。僕の軽率な行動が、こんな事になるなんて。それ以来だ、不思議な人達、空想上の生き物、見えない小道。次第に見えなくなり、今ではそんなものは幻だって、気がついた。
僕は今、人生最大のピンチに立たされている。いや、座ってるけど。
事の発端。
春から高校生活がスタートする、その一週間前。
「ゆうせいさ、バイトとかしなさいよ。
高校になったら小遣いあげられないから」
母さんの死刑宣告。いやなんでさ!
「いや、なんでさ母さん!」
「なんでって、わざわざ学費の高い私立なんて行かないでって、言ったでしょ!」
はい、なんとなくでした。家から近いし、学力も適正だし。ぐうのねも出ません。はい私立です。はい・・・。・・・、・・・はい。
だってさ、だってなんだぜ。あのリボンとか、ブレザーもすごい可愛くてさ、スカートとの合わせが良いよね。冬服が特に可愛くて、マフラーとの相性がさ・・・。
「小遣いは上げられないから、必要な物があったらその都度お金は渡すわ」
それって、審査制度ですよね、母さん。色々と好きなものを買わないように、買い食いも出来ないし、女の子と何処かへ出かけることだって、出来ないじゃん!
僕は焦っていた、スマホでネットのバイト募集を漁り、家の近所を指定し、年齢を指定する。
検索結果は少ない、じゃあもっと学校の付近とか、もうちょっと広げよう。
お・・・、高い!時給1200円!年齢も不問!未経験可!
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株式会社魔法技術研究所。
本社受付、事務処理業務サポート。
土日のみのアルバイト募集。魔法知識は初等教育のみで問題ありません。未経験でも問題ありません。簡単な事務処理や電話応対から始めて頂きます。
こちらの内容が理解できた方、認識できた方は是非ご応募ください。
時給1200円〜
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即応募、即面接。
「はい、株式会社魔法技術研究所です」
可愛らしい女性の声で応対され、バイト募集の事を伝え、土曜日の今日で面接が決まった。
そして僕は今、ここで座って、何か怪しい勧誘のような事をされている。
多分電話と同じ声、可愛い。
赤みのかかった髪、燃えるような赤い瞳。元気そうな眉、そしておっぱいが大きい!
僕と年齢は同じくらいだろうか、そんな可愛い娘が、今わけのわからない単語を並べている。
魔導師の応対?最近のヴァンパイア事件で術の解析依頼が多い?なにそれ?
これはなんなんだろう、逃げた方が良いのかな。変な壺とか、ありがたい何かを買わされるんだろうか、でも僕、今3000円くらいしか持ってなかった気がする。ここには180円かけて、電車で来たから、既に損失は出てるけど。これ以上デート代を減らすわけにはいかない。
でも、本当に可愛いなあ。こんな可愛い娘を思い通りに指示して、怪しい商売をするなんて。ここの社長は羨ましいな。
・・・、・・・。
「聞いてますか、木戸島優勢さん」
僕は声をかけられて、赤い目の可愛い彼女に、あんな事やこんな事を命令している妄想から現実へ戻った。
彼女に命令しているのは、ここの社長で、僕じゃない。
「ちゃんと聞いてくださいね、魔導師って気難しい人が多いですから」
少し怒った表情をしている彼女、怒った顔でも、可愛い。いや、そんな事考えている場合じゃないと思う!
「いや、すいません。僕そういうの間に合ってるんで!」
とにかく逃げるしかない!壺とか、ご利益のある手彫りの人形とか、お年玉はたいてまで買えません!これ、彼女作るために必要なお金なんです!
ていうか、僕の彼女になって欲しいです!えっと、赤井優さん!
『あたしと同じ字ですね、名前』って笑った最初の時に惚れました。
でも、ごめんなさい。逃げます。
唐突に椅子から飛び跳ね、僕は発射するようにその場所から逃げ出した。
「えっ?ちょっと?木戸島さん?」
テーブルを抜け、パーテーションを通り過ぎ、入り口へ向けて一目散。扉を開け、ビルの廊下を走り、エレベーターのボタンを押す。幸いにもエレベーターは3階に居て、すぐに開いた扉の中に駆け込んで1階を選ぶ。追われてない事を祈る時間を過ごし、エレベーターの扉が開いたと同時に飛び出し、ビルを出て、道へ飛び出した。
少し汗をかいて、自分の荷物を確認する。全部持っていた、あ・・・、履歴書・・・。
でも、取りになんて戻れない。捕まったら、拘束されて壺を買うまで出られないかもしれない。
本当に名残惜しいけど、ここを去るしかない。履歴書じゃないよ、赤井さんと付き合えない事。履歴書はまあ、破棄してくれないかもだけど、いざとなったら法律を盾に出来るはず。
疲れて僕は、道をトボトボ歩く。
ビル街、こんななんの変哲も無いところに、詐欺会社ってあるんだな。そりゃあそうか、時給1200円で、色々不問で。全部カモを釣るための広告なんだ、きっとバイトをするためには、何か高額な専用道具を買う必要があるとか、ネットでそんな詐欺を見た。
なんてことを考えながら歩いていて、前から来た女性の美しさに、考えていた全てのものが頭から消えた。
金髪、そして青い、美しい瞳。どことなく、さっきの可愛い赤井さんを成長させたような、整った、強い意志を携えた顔立ち。スタイルは抜群で、女性的な魅力にあふれる。それでいてスーツがよく似合い、キャリアを感じる立ち姿。雑誌モデルのスーツ特集より美しい。
「あの!すみません!」
考える前に、その女性に声をかけてしまった。かけなきゃいけないと思った。次の言葉なんて考えてないのに。
「あら、どうしたの?」
透き通り、僕の心の中を駆け巡る声。魅了され、次の言葉も吹き飛ばされた。
見とれて止まる。この女神に魅了され、僕の鼓動は高鳴り続ける。
「その、実はこの辺りは始めて来まして、駅ってどっちの方角でしょうか」
知っていた、僕は駅に向かって歩いているから。ただ、何でも良いから、僕はこの女性と話しを続けたかった。
「駅、ああそれなら、この道を真っ直ぐ行くと大通りにでるから」
仕草一つも美しい、女神の所作は、僕の横を通り過ぎ、甘い匂いが香る。
「地図だと、ここはどこになるんでしょうか、なんかこの辺の地図おかしくて」
一応真実、この辺りのビル街は、何故か地図と違う。でも本当の目的は、女性になるべく近寄る事だった。
ここへ来る時に迷った話しで、そのままにしていたスマホの地図が役に立った。
「そうね、この辺りは再開発とか色々あったから」
金色の髪が太陽で輝く、僕の顔をかすめ、また言葉をさらって夢の彼方へ連れて行く。
僕のスマホを、女性の美しい指がつたう。スマホになりたかった。いやなろう。どうにかしてなろう。腕に埋め込み式のスマホを開発しよう。需要あるよ!
「どうしたの?君」
溶けてしまう途中で、僕は呼び止められた。
「すみません、道を教えてもらって。ありがとうございます」
「どういたしまして」
女性は笑い、このひとときが終わろうとしている。
「あの、また会えませんか」
つい出た言葉、終わらせたくなくて、また会いたいという気持ちが前へ出る。
「その・・・、お礼!お礼したいんです!」
女性がまた笑う。少し嬉しそうな笑みが、僕をまた魅了した。
「わかったわ、これは私の名刺」
そう言って取り出されたのは、光るアルミの小さな名刺入れ。そこから一枚を僕の前へ。
僕は、魅了されたまま、なんの抵抗も無く名刺を受取る。
「また会いましょうね」
女性は金髪を翻し、モデルのような後ろ姿で、僕の行く道と反対方向へと歩いて行く。
僕は名刺を持ったまま、ただしばらく立ち尽くしていた。
凄まじい、大人の女性。その魅力。一目惚れだった。体中に電撃が走ったような衝撃を受けて、僕は魅了されて、虜になった。
モリガン・アリーロッド。
それが彼女の名前。一生忘れられない。きっと、一生忘れられない名前になる。
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