久しぶりの和太鼓の練習にて……

waissu

久しぶりの和太鼓の練習にて……(前編)

 緊急事態宣言が解除されて和太鼓の練習が再開したので、久しぶりに行く。


 本来なら練習の再開は手を叩いて喜ぶべきことなのだろうが、俺の練習場へ向かう足取りは重い。


 リュックに詰め込まれている、紙ヤスリで磨かれた十本くらいのバチのせいでもあるが、一番は何と言っても大人達(上司達)との再会のせいだろう。


 今、『(上司達)』というワードを見て、


『お前、中学生なのに働いてるの!?』


と思った方もいると思うので、二つの理由をもとに説明をさせてもらう。


 一つは、


『俺が所属しているチームが、第三者からの依頼を受けて出演して、出演料を貰っているから。』というものだ。


 俺が所属するチームには、主に幼稚園生(保育園生)から中学生までで組まれている子供達グループと、主に高校生達や大人達で組まれている大人達グループの二つがある。


 二つの内、後者のグループは、第三者から依頼を受けて出演して出演料を貰っている。


 そして、俺は子供達のグループのリーダー的存在であり、大人達のグループの下っ端的存在でもあるため、俺は大人達グループの人達を『上司達』と表すのだ。


 まあ前者のほうでも、後者のグループに混じって出演しているため、もしかしたら出演料を貰っているのかも知れない。


 しかし、そんな話は聞いた事がないので、出演料を貰っているのは後者のグループと、ここで決めておく。


 もう一つは、


『このチームには習い事によくある[月謝]という物が存在しない』というものだ。


 数年に一度、新しいデザイン、サイズの、オリジナルTシャツを買いはするのだが、その程度である。


 決してTシャツは高くないし、デザインがかなり格好いいので、俺は結構気に入っている。今着ているのが届いたとき、スポンサーTシャツになってて驚いたのはまた別の話。


 まあこんな理由から、俺は


『出演という仕事をして金を貰っている団体のメンバー』


といえるので、大人達を『上司達』と表すのである。




 さて、練習場のすぐ近くの交差点で信号に捕まっている俺だが、ここからでも練習場が見える。


 そして、その駐車場に止まっている、上司達がいつも運転するトラックも……


『上司達が今日来ませんように……』


 という淡い期待は、トラック一台の存在で消え去るのだ。ああ、行きたくねぇ。


 何でそんなに上司達が嫌だって?


 簡単さ。彼らが怖いからさ。出演料を貰う立場の人間だから、厳しいのは仕方がない。


 しかしな、怒鳴ってくるのだよ……


 はっきり言って今はマシな方だが、それでも普通に怖いのだ。まあ、俺がビビりなだけかも知れないが……



 まあ、昔みたいにバチ投げて練習場に穴を空けたり、タイキックしてきたりするなんて事はないが、それでも怖いのだよ……


 え? 俺や周りの人達ががふざけてるからだろって? 


 じゃあ君は、周りがドコドコ叩いていて、ろくに人の声が聞こえない中、上司の指示が全て正確に聞き取れるのか?


 初めて聞かされた数小節のパターンを、数回練習しただけで覚えられるのか?


 それを何十と連続でする事が出来るのか?




 おっと、信号が青になった。もうここまで来てしまったんだ。もう後戻りは出来ない。


 体温は何度も計ったが、平熱よりもほんの少し高いだけ。予定自体は空いている。怪我も特に無い。


 休める理由が無いのだ……




 練習場の重い扉を開けて、


「おはようございます!」


と言って入る。懐かしき匂いだぜ。そこには子供達のグループのメンバー達……つまり、ガキんちょ共と、先生(上司じゃない人)と、上司達が居た……


『おはようございます!』


 返事はもちろんくる。主に子供達から。このチームでは、挨拶は、おはようございますただ一つなのだ。


 荷物を置いて太鼓の運搬の手伝いに行く。ここでノロノロしてると、上司Tさんから、


『ちんたらしてんじゃねぇぞボォケェ! もっと速くやれ!』


と怒鳴られるので、かかとを上げて音を立てずに走って向かう。




 約10分後、俺達子供達グループは、先生に土下座をして


『よろしくお願いします!』


 土下座は子供達チームのみする。これにもルールがあり、


『必ず指で三角形のスペースを作り、そこにおでこが来るようにする』というものだ。


 気になる理由は、


『もし相手から頭を踏みつけられても大丈夫だから』なんだとさ……


 昔、俺はこれを聞いた瞬間、


『大人達は頭を踏みつけてくるの!?』


と思ったが、それをされた事は一度も無いし見たこともない。まあそれが当たり前なんだがな……


 そして、練習が始まる。子供達グループの練習時間は6時から8時まで、大人達の方は8時から10時までと決まっているが、上司達は早くから来ているので、緊張は決してゆるまない。


 曲を頭から通し、先生や上司達のコメントを待つ。俺は汗っかきなので、一曲叩いただけで物凄い量の汗が吹き出た。


 そして、腕が死にそうになり、皮が捲れて血が出ている。バチに少し血が付いているが、こんなのはまだマシな方。酷いときにはベッタリ付くから。


 あーやっぱり皆、長い間叩いて無かったからダメダメだな。俺は結構イケた自信があるが……どうだ?


「久しぶりだからか肩に力が入ってるけん、力を抜け」


「はい!」


 返事は『はい!』が一番良い。これ以外で返事をするのはあまり良くない。そして返事をしないのが一番良くない。またTさんに、怒鳴られる。


 その時、先生の携帯が鳴った。どうやら、かなり長めの電話になりそうだ。上司達は、練習場のもう一つの出入口から屋外の駐車場へ向かった。


 分厚い扉が閉まった。この部屋に居るのは先生、俺、子供達、……だけである。まずいぞ……こんなふうに、上司達が居ない空間になったら……


『うぇーい!』


 案の定、ガキんちょ共が騒ぎ出した。ヤバいぞ、今は先生が電話中だ。他人の電話中に騒ぎ立てるのはご法度である。


 そんな中、ガキんちょ共が騒ぎ出したら、後で雷が彼らに落ちるだろう。そして、俺は責任を追及されるだろう……要するに俺まで怒られるのだ。『リーダー』なんて役は嫌!


 そしてこいつらは知らない。外に居る上司達に、おそらくそれが聞こえている事を……


「シーッッ」……「キャッキャッ、ドン!」

ああ、太鼓叩くなッ!

「シーッッ」……「うぇーい!」

ああ、騒ぐなッ!

「シーッッ」……「ドタドタドタドタ!」

走んなお前らッ!


 静めようとするが、それ叶わず……こいつらは上司達の言うことは素直に聞くくせに、俺や先生の言うことはほとんど聞かない。


 まあ、俺や先生にも問題はあるのかも知れないが、こいつらが単に活発過ぎるのと、


『小学校低学年が大半、そして高学年がゼロ人、中学生が俺一人である』


事が原因だと思われる。怖いもの無しのチビ共にとって、上司達に怒られる事は特に問題では無いのかも知れないが……


 まずいぞ、マジでまずいぞ……俺にとっては問題大アリなんだよッ!


ガチャ──


 上司のSさんが入ってきた。ナイスゥゥ!


 チビ共はすぐにおとなしくなり、それぞれの太鼓の前に戻って座った。こいつらマジで忙しい奴等だな……全く。


ドンドン──


 だが、静まらぬ勇者(笑)が一人。幼稚園児か保育園児のガキんちょが太鼓を打っている。


 だが、上司の存在する空間内にいるチビ達の団結力というかなんというか……は凄まじく、


「おいやめろ」と注意し、手をがっちり捕まえて、後ろから座らせるというチームワークが行われている。これを曲に生かしてもらいたいものだよ、ホント。


────


「次は〇〇(曲名)やりましょう!」


 先生が言う。(嫌だァァァ!)


 (嫌だァァァ!)とは、俺の心の叫びだ。その曲の俺のパートは、何と大太鼓なのだ。知らない人のために簡単に説明すると、


『俺の知る中で一番重く、一番大きく、一番音が低く、一番叩くのが辛い太鼓』である。


 というのも、大太鼓は他の太鼓とは叩き方が大きく異なるのだ。


 他の太鼓は腕、バチを主に上から下に動かして叩くので、腕を下ろして休む一瞬が存在する。


 しかし、大太鼓は腕をずっと上げたまま、腕、バチを後ろから前に動かして叩くので、腕が下がって休むタイミングがないのだ。


 おまけにバチがクソ重い。約250グラムのバチを両手に一本ずつ持って叩く。


 重さでいえば、他の太鼓用のバチを片手に二本、両手合わせて四本持って叩いているのとほぼ同じである。そして極太。


 大太鼓の鬼畜さをわかって頂けただろうか。ちなみに、あまりにも重くて持ち運びが危険なため、本番は大太鼓ではない太鼓を叩く。


 ……え、何のための大太鼓の練習だって?


 知らねぇよ。上司達がやれって言ってるからやってるんだよ……


 まあ、辛いぶん音は結構でるので嫌いではないが、辛いものは辛いのである。本当に腕が死にそうになるし、構えを維持するだけで大変なのだ。曲が終わって、『気をつけ』の姿勢になると、足がガクガクするくらいに。


 子供達のグループでも、大人達のグループでも、大太鼓のパートがある人はほとんどいない……というか、俺と代表(ボス)だけ。


 昔はもう少しいたのだが、辞めていったり練習に来なかったりで、俺に回って来てしまったのだ。俺の高身長もあってね……和太鼓でも少子高齢化になり始めているのだよ。


 ああ、〇〇(曲名)やりたくねぇ。しかし俺に拒否権は無い。どうか繰り返しの練習になりませんように…………


 一発一発打ち込む度に、俺の手には反動と痛みが来る。もう、和太鼓を始めてから八年以上たっているので、音に頼らずとも、反動で自分がどれだけ強く打てているか、否かが分かる。ちょっと今日は良くないな。


────


『ありがとうございました!』


 ああ、マジで死ぬかと思った。腕が死にそう。玉となった汗がしっかりと視認できる。


 もう一ヶ所の皮が捲れて血が出ているが、演奏中は全然痛くないんだよな……これが、アドレナリンの力ってやつか?


 子供達のグループにしか所属していないチビ共は、さっさと荷物を整理して帰っていく。


 しかし、俺のようにどちらのグループにも所属している、俺を含めた四人は、この後の練習にも出る。


 彼らはおれをボッチから救ってくれる救世主であり…………ってあれ、なんかあいつらも帰ってね?


「疲れたーっ」(子供)

「すまん用事」(子供)

「バイバーイ」(子供)

「では、お先に失礼します」(先生) 


 …………チビ共よ、俺をボッチにしないでくれぇエェええ! 裏切り者共めェェッ!


────


 上司達の練習する曲の順番は毎回違うため、俺の場合、俺が叩ける奴は一緒に叩いてそれ以外はひたすら脇で見て覚える……という事になる。


 だから、俺が覚えてない曲……新曲などの時は、俺は公認で打たなくていい。


『今日は久しぶりの練習で疲れていますので、どうか新曲や俺の知らない、叩けない曲を練習して下さい……どうか、どうかッ!』


 上司達が太鼓の設置を始める。ん? この配置はまさか…………いや、まさかな……


 …………ゲッ、あの曲かよ!? 俺さっきまで大太鼓叩いてて死にそうなんですけど!


 あの曲とは、


『上司達の十八番であり、かなり長く、凄く速く、クソ疲れる曲』である。


 ああ、俺生きられるかな?


 そんな事を思いながら、太鼓の設置を手伝う。サボりはもちろんご法度。Tさんに怒鳴られる。 マジで怖いんだよあの人……


 ここに居る時は周りが用事をしていると、自分も何か手伝うなりしないと、凄く不安な気持ちになるのである。


 とうとう、始まってしまった。俺のパートは締太鼓という、座って叩く太鼓だ。手首を使い、細かいリズムを刻むことに向いている。


 しかし、さっきまで大太鼓で4分や8分のリズムくらいしか打っていない俺にとっては、


(いきなり手首がそんなに動かせるはずねぇだろッ!)


 となるのである。いやこれマジだよ?


 ああヤバイ。こんな状況下でも、もちろん手抜きは許されない。今は何とか叩けているが、いつまで持つかはわからない。というか、そろそろヤバイ。


 というわけで、俺は叩き方を切り替える。『手首が駄目なら、腕から動かす!』というね……あまり良くないけど、こうでもせねば本当に持たない。


────


 終わった……マジで死ぬかと思った……


 お? 上司達が太鼓をはけ始めた。この流れはもしや?


 俺の予想通り、俺がまだ叩けない……覚えろとも言われてない曲の練習になった。この時間で、曲を覚えながら、体力を出来る限り回復しておきたい。


 (いつまで続くかな?)と長引く事を期待していたが、20分くらいで終わってしまった。するとTさんが、


「よし、◆◆するぞ!」


 ああ、俺が叩ける曲だ……この曲も辛いのだよ。なぜかって?


 太鼓を担いで片手で叩くからだよッ!


 まあ担ぐといっても、太鼓に装着している『たすき』みたいな奴を肩から掛けて吊り下げるのだが、これでも辛いのだ。特に肩が。


 まあ、こんな事を思っていながら、打つのは結構好きである。一番ノれるからね。声は好きなタイミングで出し放題。カッコつけも大歓迎。ただし、カッコ良ければね? ……


────


 そして上司達と曲を頭から通した。いつもなら、少し時間をおいてTさんからコメントが来るのだが、今日はかなり早かった。


「K(上司)、お前(多分、姿勢が)直ってねぇじゃねぇかッ! 何度も練習したって、出来なければ練習してないのと同じだぞ!」


「お前らノリが悪い。この曲はそんなんじゃないんだ!」


「お前ら、音にもっとメリハリをつけろ! 小さな音が全くなってない!」


「Y(上司)、音がはまってないぞ!」


「音も悪いノリも悪いリズムも悪いッ!」


 彼の言うことは全て的確である。これだけ聞けば厳しいだけの良い上司なのだが、最後に


「お前ら次の本番(俺は出ない)でこんなのやったらシバくぞ?」とか


「お前らもっと考えて叩けやボォケェ!」とかを付け足して来るのが、本当に、『タマにキズ』なのである。

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