第4話 5月12日 リョウイチ√
◇
壊れそうなくらい、細い肩
シルクみたいに 滑らかな肌
強く抱きしめたら 霧散してしまうんじゃないかと思うほど 柔らかい貴女
優しく やさしく 大事に 丁寧に
でも その頭で考える事とは まるで裏腹に
僕は 貴女を 穢そうとしている
貴女を あなたを アナタヲ
◇
西向きのビーチ、他に誰も居ない、2人だけの砂浜。
潮の匂いのする風は、昼間よりずっと涼しい。
オレンジ色に染まった水平線、徐々に黒々と浮き上がる島影、更に藍色が深まって往く空。
もう1時間ほども、ここに2人、並んで腰かけ、少し温くなった、半分飲みかけのアップルシードルが2本。
「あと少しで、沈むね」
「うん、沈むね・・・」
このビーチの1キロメートルくらい手前のコンビニで、僕はコカ・コーラを買おうと言ってバイクを停めた。千賀子さんが「あたしが買ってくるから、リョウ君は待ってて」と言うので、僕は表で待っていると、千賀子さんはシードルを2本買ってきた。
「ちゃんと酔いは醒まして帰りましょうね」
僕も同意して、シードル2本と、レジャーシートを持ってビーチに降りて、真正面に太陽の見えるヤシの木の根元に陣取った。
実は今日一日、ずっと緊張しっぱなしの僕にとって、コカ・コーラよりお酒の選択は有り難かった。
タンデムシートに千賀子さんを乗せて走るのが、こんなにも緊張して、疲れるなんて、考えもしなかったから・・・。
運転時間は、実質4時間程度。一人で流すには、本来は大したことはない時間と距離の筈なのだけれど、背中に感じる千賀子さんの体温に、楽しさ嬉しさ半分、肩のこわばる様な緊張と疲労半分で、ハンドルを握っていた腕は、ビリビリと痺れを感じていた。
そんな僕の身体に、リンゴのアルコールはじんわりと染み込んで、幾何かの緊張を解してくれる。
「水平線に太陽が触れた瞬間、『ジュッ』って、音がするかしら?すればいいのに」
「僕はそれより、沈んだ瞬間、あの世とこの世がひっくり返る、っていうのが良い」
「それ、パイレーツ オブ カリビアンのやつ、でしょ?」
「あ、よく分かったね。あの映画は面白かった。僕、DVD全部買っちゃった。でも、やっぱり1作目が一番面白かったけど」
「え、全部持ってるの?」
「あ、うん、揃ってるよ。今度、うちで観る?」
「え、いいの?観る観る」
心の中で、「よしっ、約束ゲット」と呟いた。
そんな、どうでもいい会話で、時刻は過ぎていく。
先ほどまで薄黄色だった空は、水平線に綺麗なオレンジ色から始まって、頭上に目を遣ると、紫から深い紺色へと変わっていき、やけに明るい星が、ひとつ。
何だろう、自分で言うのも可笑しな話だが、映画やドラマのワンシーンを切り取った様な、このシチュエーション。沈みゆく太陽を眺めながら、砂浜に佇む、男と女、2人の影・・・みたいな。
自らに酔い過ぎだろうか。
そして、音もなく、最後の輝きが、水平線に、消える。
「沈んだね」
「そだね、沈んだね。音、しなかったね」
千賀子さんはそう言って笑った。
この先は、何の計画も無い。しかし、千賀子さんが後日、DVDを観に部屋に来てくれる約束まで取り付けられて、今日はもう、充分に満足のいく成果を挙げられた気分になっている僕だったと思う。
「さて」
僕は小さく呟くように言って、立ち上がろうとして、不意に左手を掴まれた。
千賀子さんは、こちらを向くでもなく、何か言うでもなく、僕の手を握ったまま、まだオレンジ色の残る、太陽が沈んで行ってしまった水平線を、ジッと見詰めていた。
もう一度腰かけなおし、僕は千賀子さんの横顔に見惚れる。
綺麗だと思った。
可愛いと思った。
頬に触れたくなった。
理性のネジが、パチンっと吹き飛ぶ音がした気がした。
千賀子さんの細い肩を抱き寄せ、頬にキス、そして唇に。
この世の中に、こんなにも柔らかいものがあるだろうかと思えるくらい、千賀子さんの唇は柔らかい。そして、時間が止まってしまったんじゃないかと思うほど、永いキス。
キスをしながら、僕は千賀子さんに徐々に覆いかぶさるように、彼女をレジャーシートにゆっくりと押し倒していく。
左腕を千賀子さんの首筋に廻し、少し持ち上げる様にして、瞳を覗き込むように見詰める。
千賀子さんは何だか少し、泣きそうな表情をしているように見えたが、何も言わず、彼女は目を閉じた。
それから、千賀子さんの右の頬、更に右の首筋にキスをする。
千賀子さんの唇から吐息が零れる。
千賀子さんの左の腰骨の辺りを抑えていた僕の右手は、彼女の真っ平な腹部をゆっくりと摩りながらせり上がり、胸の膨らみへと向かう。
もう頭では考えられない。
僕の右の掌が、千賀子さんの胸の膨らみに到達すると、一瞬、千賀子さんは肩を窄めるように身体を硬直させたが、直ぐに今度は顎を上げるようにして、「あぁ」と小さく喘ぎ声を漏らす。
Tシャツの上から触れると、掌にすっぽりと収まるサイズの千賀子さんの乳房は、ちょうどテニスの軟式ボールの様な感触だ。
僕の手は、既にもう、僕の意思とは関係なく、まるで別の意識があるかのように動き始めている。
キスをして、舌を絡めながら、それでも僕の右手は勝手に動く。
ひとしきり千賀子さんの胸を揉みしだいた右手は、再び彼女のみぞおちから腹部へと移動し、Tシャツの裾から、直接肌へと滑り込み、少しの間、そこに留まった。
千賀子さんの吐息に合わせて波打つような腹部の動きを掌に感じながら、指先はその滑らかな肌を確かめるように・・・。
そして、右手が再度動き出し、千賀子さんのジーンズのボタン部分に親指が滑り込んだ瞬間、その手は、千賀子さんの右手に抑え込まれた。
はっと我に返った僕が、慌てて顔を上げると、そこには今度は本当に泣き出しそうな表情の千賀子さんが居た。
「ごめん」
僕の言葉に、千賀子さんは小さく首を横に振った。
それ以上の行為を拒まれたと思った僕は、もう一度「ごめん」と言った。
すると千賀子さんは、本当に泣き出しそうな声で、小さな、ちいさな声で言うのだ。
「・・・違うの・・・ちゃんと・・・しよ・・・」
つづく
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