模造品のリナリア 終

『詩遠へ

 久しぶり.........いや、昨日ぶりかな。だけど、烏汰さんが言っていたことが正しいのなら、今はもう、あの十日間の記憶は詩遠にはほとんど残っていない。だけど信じて、私は金村悠姫本人だから』


 書き出しから、色々とツッコミどころがあった。しかしながら、この文字や文章の癖などは本人に似ている。というか、本人そのものといっても過言ではなかった。しかし、内容が内容だから、まだ信じる域にまでは遠く及ばない。

 そう思い嘆息を漏らしながらも、俺は何故かこの手紙の先を読まずにはいられなかった。


『でも、詩遠の性格上私は偽物だって疑ってやまないだろうね。それは仕方のないことだと思う。私が最期に伝える手段が手紙にしてしまったことが悪かったんだから。

 けど、きっとこれを読んだら詩遠の奥底に眠っている記憶が思い出されるんじゃないかなって思う。そうでなくても、少なくとも私が本物の金村悠姫だということは分かってもらえるんじゃないかな。

 夕方の私はしっかり言いたいことを言えたのかな.........私の性格的にとても不安なところはあるけど、まあそれは未来の私を信じるよ。それで、この手紙で伝えたいのは、私の想いじゃなくて、どちらかと言えば謝辞に近いかな。

 詩遠はあの十日間を引き起こしてしまったことを否定的に考えているようだけど、私はそうは思わない。むしろ、感謝してるよ。私は自分のせいではないとはいえ、急に病気を悪化させて死んでしまった。だから、私自身も現世に未練を残しまくりだった——』

 

 って、ちょっと待て。

 なんだこの怪文書は。読んでいてさっぱりな内容しかない。大体、さっきから出てきてる『あの十日間』ってなんだよ。もっとわかりやすく書いてくれ............って、ちょっと待て。そういや最近の俺の記憶が飛んでるんだよな。それも、ちょうど十日間ぐらい。

 俺はいったんその手紙から目を離し、ポケットからスマホを取り出し、カレンダーアプリを起動した。そして今日より前十日間に起こったことを、必死に思い出そうとする。

 .........だけど、一分近く考え込んでも、たった一晩跨いだだけの昨日のことさえ、思い出すことはできなかった。それより前のことは思い出すことができるのにおかしな話だ。例えば、十一日前なんかは、紫水と一緒に半年ぶりにファミレスへと出向いた、とか。

 なんだか釈然としないが、このままでは何も思い出せそうにないので、一番の手掛かりになりそうな、手紙を読み進めることにした。

 そしてそのころには、不思議なことに、さっきまであれほど抱いていた憤りの感情は消えていた。


『伝えきれていなかったことがいっぱいあった。それを伝えられただけで、私は嬉しい。そりゃ、今も生きていられたら嬉しいだろうけど、それを蘭ちゃんの犠牲を払ってまですることは望まない。というか、それは許されないことなんだと改めて思う。

 じゃあ、最期に謝罪とお礼と、ちょっとしたお願いを。

 まず、勝手に死んじゃってごめんね。いくら病気が悪化したとはいえ、少しだけなら余裕はあったの。私が実際この世を去ったのは、お医者さんから知らされてから三日後のことだった。きっと、それを私が伝えていれば、今回みたいなことは起きなかったんじゃないかなと私は思う。君はこのことが起きたのが自分だけのせいだと思ってるけど、もとはと言えば私のせいでもあるの。だからどうか自分を責めないで。

 それと、今まで本当にありがとう。

 知っての通り私は昔っから病弱で、何度も入院を繰り返して、碌に学校すら行けていなった。おかげで、久しぶりに学校に通えることになっても、クラスには話せる人はいなくて、とても息苦しい経験をした。その件で枕を濡らしたこともあった。けど、そんな私の隣にいてくれたのが、詩遠だった。はす向かいの幼馴染だからと、無理やり付き合わされていたことは分かっていたけど、それでも、なんやかんや話し相手になってくれたことは、当時の私にとって唯一の救いだった。

 ............うーん、やっぱり私が信用ならないから、もうここで書いちゃうね。本当は自分の口から言うのが一番なんだけど、残念ながら私の精神がそこまで強いとは思わないから。

 謝罪と感謝もそうなんだけど、私が一番伝えたかったこと、それは.........

 

 私は、詩遠のことが大好きだということ。』


 ズキン、と右脳が痛む。

 なぜだか知らないが、目頭がどんどんと熱くなってくる。

 ボヤっとした、得体のしれない情景が、頭の中に映る。

 それは、何でもない、いつも通りの夜の駅前広場。 

 目の前にいるのは、誰だ?

 白く輝く髪を有していて、平均よりも少し小さいくらいの背丈。

 紫水............か?

 いや、おかしい。それだと、俺の記憶と齟齬が起きる。

 ............齟齬が起きるって、なんの記憶と?

 一体誰なんだ、そこにいるのは。

 俺は、頭の中にいる紫水らしき女性にそう声をかけた。

 しかしその女性は、俺の質問には答えてくれない。

 でも、代わりに、その女性は混じりけのない満面の笑みを浮かべて、こう言った。



『私、詩遠に逢えて本当に幸せだったよ............!』



 その瞬間、今までぼやけていた俺の頭の中の人物が、はっきりくっきりと映る。

 そう、そこは夜の駅前広場。

 俺の目の前に立っている人は、紫水なんかではない。

 俺の幼馴染、金村悠姫だ。

 そんな幼馴染は、俺に好きだと言ってくれて、一晩だけ恋人となった。

 そしてそれは、ほんの一晩を跨いだだけの、昨日の話だった。

 芋づる式に、どんどんと『あの十日間』の記憶が、閉ざされた引き出しから飛び出してくる。

 思い出してはいけない物語を、俺は思い出してしまった。

 目からは、止めどなく涙が零れる。

 寂しかった。久々に触れ合えた悠姫が、もうここにはいない。

 ずっとそばにいてくれたら、それは今でも思う。

 けど、もう後悔はしていない。未練も残していない。

 ............約束、したからな。


『ずっと、ずっと好きだった。けど、恋人となったとして、そんな特別な存在である詩遠が悲しむ姿を、私は見たくなかった。だから、死ぬ直前になっても、言えないままでいた。

 でも、言わないと絶対後悔すると思ったから。だいぶ遅くなっちゃったけど、ずっと好きだよ、詩遠』


 紙を持つ手に力が入ってしまって、両端にしわが付く。しかし、涙のせいでぼやけた視界では、そんなことを知る由もなくて。

 俺は複数回、目のあたりをこすって涙を拭う。相も変わらず涙はあふれてくるが、どうにか、手紙の続きを読み続ける。


『それとこれはお願いなんだけど、蘭ちゃんから話があったら、真剣に考えて考えて、できれば、その話には首を縦に振ってあげてほしい。

 それじゃあ、いつまでも元気でいてね。

                          金村悠姫』


 二枚にわたる手紙を読み終わった。

 依然として、涙が俺の感情を支配する。

 しかし、泣いてばかりではダメだ。いつまでも過去を振り向きながら歩いていては、未来なんて見えてはこない。

 あの夜にしたように、俺は必死に涙を殺した。

 そして、俺は思い出したように後ろを振り向く。 

 そこには、どこか嬉しそうに涙ぐんでいる紫水の姿があった。何もしていない.........というよりかは、手紙を読んでいる俺を待っていたというほうが正しそうだ。

 夕日が差し込み、冷たい風が吹き込む情報処理室の外の廊下で二人、俺と紫水は図らずともじっと見つめあった。ずっと会っていたはずなのに、なんだか懐かしい感覚を覚える。

 そろそろ何か声をかけようかと考えた、振り向いてから十数秒後、俺が声をかけるよりも早く、紫水が俺に対して声をかけてきた。


「......あ、あの、先輩。ちょ、ちょっと話があるんですけど............大丈夫ですか?」


 そう声を震わせる彼女がいったい何に対して緊張しているのか、俺にはもう分かってしまっていた。先ほどの花言葉や、悠姫の『恋は身近にある』という発言があれば、誰でも分かってしまうものだろう。

 が、俺は飽くまでも知らない体でそれに応じる。紫水は今挙げたエピソードについては一ミリも知らないのだ。一生に何回もないイベントをあっさりと終わらせてしまっては、可哀想でならない。

 だから俺は、紫水の緊張を和らげるような笑顔を浮かべながら、「ああ」と首を縦に振った。








———————あとがき——————————―

皆さまこんにちは。作者の茜屋です。

この度は、模造品のリナリアを最終話までお読みいただきありがとうございました。これにて、この物語はひとまず終幕とさせていただきます。が、少し本編では語れなかったことが残っており、それを番外編として書こうと思っていますので、時系列のズレが気にならないという方は、その際はぜひ、読んでいただけると嬉しいです。

それでは、番外編、或いはどこか別の物語でお会いしましょう。

最後までお付き合いいただいた方、本当にありがとうございました!

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模造品のリナリア 茜屋 猫水 @lolorolo

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