最終章 ③

『蘭ちゃんのおかげで、短い間だけだけど詩遠と付き合うことができた。そして何より、私が長年抱いていた気持ちを伝えることができたのが、とても嬉しかった。あの日記帳が無ければ、出来ていなかったことだと思う。本当にありがとう。

......今度は、蘭ちゃんの番だよ。

 心の底から、蘭ちゃんの恋が成就することを願っています。そしてどうか、二人で幸せになってほしい。それが、私からの最期のお願い。』


「あ、ああ............」


 私の涙腺はもうそろそろ限界だった。やがて、ついに堪えきれなくなり、一滴の涙の珠が頬を伝う。嬉しさと、悲しさと、その他諸々の感情が混ざりあった、熱い涙だった。

 最期の願いまでもが、他人のこと。つくづくお人よしな人だと思った。

 涙でぼやける視界を何とか制服で拭いながら、私は文章の続きを読む。


『最後に。

 同封したのは、河津桜を押し花にして作ったしおりだよ。そしてそれは、ただ本のページに挟むだけのものじゃなくて、ぜひ、詩遠に告白するときのお守りとして使ってほしい。私の特別な気持ちを込めた、お守りとして。

 これは、蘭ちゃんが贈ってくれたリナリアのお礼だよ。同じように、"特別"な想いを込めておきました。


 それじゃあ、いつまでもお元気で。そして、お幸せに。 

                              金村悠姫』


「特別な想い.........?」


 私は他のどんなことよりも、手紙に書いてあったその言葉が気になってしまった。私がリナリアに込めた特別な想い。確かそれは、『この恋に気づいて』であり、それはリナリアの花言葉で............

 なるほど、そういうことか。

 私は早速カバンからスマートフォンを取り出し、少しだけ震える手でロックを解除し、ブラウザを立ち上げる。そしてそのまま、検索エンジンのバーに『河津桜 花言葉』と打ち、検索をかける。すると、一秒もしないうちに多数の検索結果が表示された。

 私はその中の、先頭にあった様々な花の花言葉がまとめてあるページを開く。そして、スクロールを繰り返すと、十秒もすれば、河津桜の項目が見つかった。


「............なるほどねえ」


 私は、お目当ての文言を確認し終えると、そのページを開いたままスマホを机の上に置き、おもむろにしおりを手に取る。それを、沈みかけて橙色に変色した陽に透かすように持ちながら、眺めた。


「『思いを託します』、か。............重すぎますよ、先輩」


 私は、小さく微笑みながらそう呟いた。十年近く溜め込んだ金村先輩の想いを、私は知らずうちに託されてしまっていたのだ。まったく、ここまでされたら応えないわけにはいかないじゃないかと、私はそんなことを思いながらも、顔をさらに綻ばせた。


「今まで本当にありがとうございました、悠姫先輩。私たちが逝くまでは、ゆっくりしていてくださいね」


 そして、届けたくても届かないそんな言葉を、私は部室で独り、ぽつりと零した。

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