第八章 ②
「さて、写真はいいんだが、そろそろ何処かで座らないか? さすがに足が疲れた。......というか、そろそろ昼飯にしないか」
俺は、ずっとスマホを構え続けた手と、ずっと膝などを曲げながらベストショットを狙った足をほぐしながら、そう悠姫に提案した。もしあの時、よく分からん気を利かせなければこんなにも疲れなくて良かったのではないかと思ったが......
「......まあ、今日くらい良いか」
せっかくだ。楽しめるだけ楽しもうと、俺はそう思い、小さく笑いながらそう呟いた。
「ん? どうかした?」
「いや、なんでも。それより、昼どうする? 何か食べたいものはあるか?」
「あー、それがですね、詩遠さん」
「......バレているのが分かったのなら、無理に隠さんでもいいだろ」
俺は所謂ジト目を悠姫に向けながらそう言ったのだが、華麗に無視される。
「実は私、お弁当を作ってきたのですが......」
「ほう......? でも、お前って確か——」
なるほど、悠姫が誤魔化そうとした理由が分かった。その理由は単純明快。こいつは料理が下手なのだ。......まあ、俺もそこまで上手いわけじゃないから人のことは言えないが。
その料理が下手というのは、身体の弱さなどが主に関係している。というのも、悠姫は昔から握力など手の力が弱く、料理で言うと、碌に包丁も握れない。そのせいで切るもののサイズはバラバラで、火の通りや味の加減もバラバラだ。中学生の時に一度だけ、町内の料理教室に悠姫に誘われて行き、その際に悠姫の肉じゃがを食べたことがあるが、お世辞にも美味いとは思わなかった。
もちろん、さすがにそれを露骨に口に出すことはしなかったが、悠姫は俺の態度などから俺がどう思っていたかを知っていたらしい。そしてそれが悠姫に火をつけ、上手くなったらもう一度肉じゃがをご馳走してやると言っていたが、残念ながら、その時が訪れることはなかった。
.........って、まさか。
「...............」
俺は決して、『お前って確か、料理はあんまりじゃなかったか』などとは言えなかった。まだ確証があるわけではないが、からかうにしても、もし俺が思っていることが当たっていた場合、申し訳なさで頭がいっぱいになりそうだったからだ。まあ、こんなモノローグを流している時点でもう手遅れだけど。
「確か......なに?」
「いや、何でもない。............有難く頂くよ。最近金がなくてな」
「そっか。じゃ、適当に場所探そう」
「ああ」
そう言うと、俺と悠姫はシートが引けそうな場所か、もしくは弁当を広げられそうなベンチを探すために歩き出した。
「うーん、ベンチはやっぱり空いてそうにないね......適当にシートを引くのでもいい?」
「ああ、全然構わん」
場所探しを初めて早十分。正直、俺は場所云々よりも早く足を休めたかった。まあ、悠姫に対してそれを言うのは憚られたが。
俺はそんなことを思いながら、石などが少なそうなところに悠姫から手渡されたシートを広げる。それが終わると、そこら辺に転がっていた岩に近い石を四隅に置き、シートが飛ばないようにした。
「じゃあ、早速だけと」
座るや否や、悠姫はカバンの中から包みを出し、そこからさらに弁当箱を取り出す。二人の箸でつつく予定だからだろうが、それは弁当箱というよりも重箱と言った方がニュアンスが近かった。
俺は受け取った割り箸を袋から出し、割る。そして、それを紙皿の上に置き、あとは悠姫の準備が終わるのを待った。飲み物や弁当箱の配置を調整することおよそ一分。悠姫は食事開始の音頭をとる。
「えー、それでは。私と詩遠の最初で最期のデートにかんぱーい」
「か、かんぱーい」
そう言いながら、俺と悠姫は紙コップを合わせ、そのまま口へと運ぶ。いやまあ、中身は普通の麦茶なわけですけど。
......というか、何故こいつは『最初で最期のデート』なんてことを大声で、しかも笑顔で言えるんだろうか。おかげで周りからの目線が若干痛いじゃないか。そりゃ、事情も知らなければそんな目をするだろうよ。
しかし、そんなことを言ってこの雰囲気をぶち壊したくないため、俺は心の中にとどめておくことにした。帰り道にでもこっそりと言ってやろう。
そうこうしている間に、悠姫はコップを零さないように平坦な場所に置いてから、弁当箱の蓋に手をかけた。少しだけ、俺にも緊張が走る。
「今日はね、ちょっと頑張って作りたかったものがあったの」
下を向いたまま、そう悠姫は言った。
「だからさ、三割......いや、四割弱が冷凍食品なんだけど、許してね?」
その言葉とともに、蓋は開かれる。
二つある正方形の弁当箱のうちの一つの約四分の一ほどの面積に、それは鎮座していた。
「お前、これ......」
「うん。約束だったし。まあ、できれば生きてる時に作りたかったけど、それは叶わなかったから、せめて、最後くらいはって思って」
俺は適当に相槌を打つと、早速箸をとって、肉じゃがを頂くことにする。まずは、肉じゃがのメインである芋から食す。昔とは違い、箸でつかんだ感覚は固すぎず柔らかすぎず、乱切りもしっかりできている。そしてそれを、口へと放りこむ。
数回咀嚼する。火の通りや味の染み込み具合なんかも普通にできている。特に、冷めていてもしっかりとホクホクとした食感が残っているのは素晴らしいと思った。
しかし、何故だろうか。
「どう? 美味しい? .........って、ええ? なんで泣いてるの!?」
咀嚼するたびに、一滴、また一滴と涙が止まらなかった。
「美味いよ。ものすごく美味い。.........あの日から頑張って練習したんだなぁって、そう思ったら、何故だか涙が止まらなくなって......」
「詩遠.........」
何か言いたげな悠姫。
きっと、『それもこれも蘭ちゃんの身体のおかげだよ』とでも言いたいのだろう。だが、これに関しては、それは違うと思った。俺が感じている美味さというのは、何も味付けなどだけで完結しているものではない。そう、例えるのならば。
「......これは悠姫にしか出せない味だ」
「え? ......いやあ、そんなことはないと思うけど」
「そうか? 少なくとも俺は、肉じゃがを食べただけでここまで感極まったことはないけど」
思い出という名の調味料は、俺の味蕾どころか、涙腺までもを刺激した。そしてそれと同時に、もう一生この味を体験することはできないのだなと思うと、自然と箸が進んだ。
悠姫はその間、俺のことを嬉しそうに見守っていた。
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