第八章 ③
『ねえ詩遠、無理に食べなくてもいいんだよ? 私が持って帰って食べるから』
『馬鹿言うな。こんなまずいもんお前に食わせられるか』
『あ、ありがとう。.........って、それ馬鹿にしてるよね?』
『はは、バレたか』
『むう.........決めた。私料理を練習する。そしていつか、私の作った肉じゃがを食べた詩遠に『美味い』って言わせてあげる』
『そりゃ楽しみにしておくよ。......ほら、せっかくだからお前も食え。比較的食えそうなところ残しておいたから』
『その言い方癪に障るな......まあいいや。じゃあ、いただきます』
『痛っ。......あー、またやっちゃった。絆創膏ってどこにあったかな。.........って、詩遠? どうしてここに』
『そこ歩いてたらおばさんに捕まってな。お前が最近、一人で隠れて料理をしてるって聞いたら流石に素通りはできねえだろ。ほら、手を出せ』
『......ありがとう』
『.........これでよしと。............それにしてもさ、もう料理とか止めないか? あの時のことは謝るからさ。大けがしてからじゃ遅いだろ?』
『そういう問題じゃないの。私はただ.........ただ、料理下手っていうレッテルを貼られたままじゃ納得がいかないってだけで』
『ふーん、そういうものかねえ。...............いや、やっぱり見てられん。俺も一緒に包丁を握ってやるから。それでいいだろ? な?』
『恥ずかしくてまともに切れないよ、それ』
『そうか? まあ、物は試しってことで』
『ちょっ、いきなり触るな!』
結局、生前の私は、詩遠に『美味い』と言わせることはできなかった。週に二、三回は料理の練習をし、包丁くらいはしっかり握れるようになったが、その程度でタイムオーバー。今日のように腕を振るうことは叶わなかった。
けど。
「.........って、すまん。美味くてつい全部食べてしまった」
「ううん。今日の肉じゃがは、詩遠に食べてもらいたくて作ってきたものだから、構わないよ。......それよりさ、詩遠」
「ん?」
けど今日、偶然に偶然が重なり、まさに千載一遇のチャンスが現れた。もちろんそれに乗らない選択肢はなく、嬉々として肉じゃがを作った。
流石は蘭ちゃんの身体。きちんと包丁は握れたし、鍋を持ちながらの盛り付けなんかも簡単だった。さっき言った通り、自分の身体で作ることができなかったことは残念だけど、まあ、そこまで望んでは神様も怒ってしまう。
そして今日、私は気づいた。
「誰かに料理を美味しいって言ってもらえるのって、こんなにうれしいんだね」
正確には『詩遠に』だが、そんなことは恥ずかしくて言えるわけがない。
「......ありがとうね」
「? どうした藪から棒に」
詩遠が、家を出るちょっと前に作り、完全には冷ましきれなかった卵焼きを頬張りながら、小首をかしげる。
この人ときたら......蘭ちゃんじゃないけど、鈍感なのか私をからかっているのか、どちらなのだろうか。冥土の土産に是非とも聞いてみたいものだ。
「藪から棒? 本当にそう思う?」
「そう言うということは何かあるんだろうが、お生憎様だな。というか、俺が察しの悪い人だということは疾うの昔から知ってるだろ」
「そう堂々と言い切られてもね.........」
私は詩遠にも聞こえるように嘆息を漏らしてから、改めて口を開く。
「私が言いたかったのは、詩遠と会えて良かったなあっていうこと。以上! はいこの話はもうおしまい!」
私はそう言いながら、いつの間にか空になっていたお弁当箱の蓋を閉めて片づける。
「ん? 何か言ったか? 聞こえなかったなぁ」
そして、その行動が、恥ずかしさを打ち消すためのものだと判断したであろう詩遠は、私をからかうようにそんな言葉を投げかけてくる。
「もう、そういうのじゃないから」
よくある誤魔化し文句のように返すが、実際、本当に恥ずかしくてこの話を打ち切ったのではない。きっとこのまま話し続けると、どんどんと色々なものがあふれ出て、いつか自制が効かなくなってしまう気がするのだ。
だからせめて、私が消えてしまう最期の日まではこのことは胸の内にしまっておきたい。でないと、私はこの世を去りたくなくなってしまう。蘭ちゃんとのこともあるのに、そんなことは絶対あってはならない。
「そんなことより、詩遠の方はどうなの? .......未練ってやつ、見つけられた?」
お弁当箱を鞄にしまい終えると、私は話題を捻じ曲げるため、少しだけ声のトーンを落として詩遠に問う。
すると、詩遠は先ほどまでの私をからかうような目を消し、視線をそらし、少しだけ目を伏せてから言葉を紡いだ。
「......まあ、あらかたは見つけたよ」
「そっか、なら良かった」
「肉じゃがを食べていると、自然と昔のことが脳裏によぎってな。色々なことを思い出したよ」
「じゃあ、今日の私は大活躍だね!」
「まあ、そうとも言えるかもな」
「むう、もう少し素直に褒めてくれてもいいのに.........」
「............」
私がそんな軽口を叩くと、詩遠は何かを考えこんだ。
しかし、その思考は一瞬のうちに終わり、その次の瞬間、詩遠はあろうことか、私の方に手を伸ばしてきて————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます