第四章 ④
.........少し驚いたものの、だろうな、と内心思う。前者の選択肢があれで、もう一つの選択肢と言われれば、もうこれしかない。
「その場合、宿った魂の純度とは関係なく、完全に紫水さんの体は金村さんのものとなるんだ」
「............」
頭ががんがんと痛む。どうやら、数日前の頭痛がぶり返してきたようだ。
「そしてそれは自然と世界に、もちろん君にも定着する。もともと金村さんが生きていて、紫水さんが死んでいるという認識が」
「概要は一応分かりました。............それで、結局俺は何をすればいいんですかね」
依然としてぐわんと揺らぐ視界。烏汰さんの顔もしっかりと目視できていない状況で、俺はそんな質問をする。
どちらの選択肢を取るとしても、それは聞いておかねばならない。
「......そうだね。まず前者を選ぶ場合、君はまず、金村さんに残っている未練を断ち切らないといけない。......その未練が何かは僕にはわからないけどね。そして未練を断ち切ったら、僕が金村さんの魂を紫水さんから切り離す祓いをして、あとは期間が過ぎるのを待てば、今回起こったことの記憶は君の中から限りなく薄くなって、世界はもとあったものになる。
それで、後者を選ぶ場合でもうちには来てもらうことになるよ。まだ金村さんの魂は完全には定着していないからね。それを定着させないといけない」
「その、期間というのは?」
「この言い伝えは十日間で収束する。詩遠君が金村さんか紫水さん、どっちを選んだとしても、もしくは選びきれなかったとしてもね。
そしてその選びきれなかったら、というのが、さっきにも少し言った、三つ目の世界だよ。......でも、この環姓の言い伝えを体験した人たちは、必ず避けようとする選択肢だ。なぜなら、選びきれなかった場合、残念ながら二人の魂は肉体から離れて行ってしまって、そのまま死んでしまったこととして世界は収束していくからなんだ」
......成る程。なら、俺が起こした言い伝えの場合、今日を含めてあと......七日以内に俺は決断しないといけないということになる。
だんだんこの『環姓の言い伝え』について分かってきた。できれば、分かりたくはなかったけれども。
相変わらず、外で吹きすさぶ風が窓を叩く。
しかし、外がそんなに荒れていても、屋敷の客室は恐ろしいほどに静かだった。
「.........そういえば聞いてなかったのですが、『忘れ屋』とは一体......?」
「あ、そういえばまだだったね。そうだね......忘れ屋とは、端的に言うと、件の環姓の言い伝えを収束させるために祓いをして、宿った魂を元に戻したり定着させたりする役職だよ。ウチの家系の男性に代々伝わる職さ」
「............成る程......?」
本当にそんな摩訶不思議なことができるのかと疑いたくなるが、こんなところでそれを疑っていても何も進まない。俺は、脳にこれは正しい情報であると無理やり叩きこんだ。
さて、ここらへんで、ほとんど環姓の言い伝えの詳細は出切ったと言って間違いないだろう。俺はそう判断して、烏汰さんが目の前にいることすら忘れて独り静かに考え込む。
............あとは、俺の決断を残すだけだ。
唯一の後輩である紫水と、唯一の幼馴染である悠姫。
どちらかを選べば、どちらかが死んでしまったことになる。即ち、二人の生殺与奪の権利は俺にあるということ。.........とてもじゃないが、ここで即答できるほど俺は頭がよくなかった。
唸るように考えていると、俺が何を悩んでいるのかを察したのだろうか。烏汰さんは軽く笑って声をかけてくる。
「まあ、どうせ紫水さんの身体がここにないと祓いはできないから、家でゆっくり考えるといいよ」
しかし、次の言葉を紡ぐときには、笑っていた烏汰さんはたちまちその表情を崩して、苦々しい顔をしていた。
「............けど、先人のようにはならないようにしてくれ、とだけは言っておくよ」
「......と、言いますと?」
「そうだね。もうかなり遠くの話だから、昔話と思って聞いてくれたらいい。
.........これは明治時代の初期くらいの話だ。
夫と子供を一人持つ、幸せなとある環の血を継ぐ女性が居たんだ。しかしその女性の夫は、当時流行った病で命を落としてしまう。女性はひどく悲しんだが、残された子供を前に情けない姿は見せれず、一人で一生懸命子供を育てていくことを決心した。.........が、そんなことを決意した矢先、環姓の言い伝えが起こってしまうんだ。そして分かったかもしれないけど、魂が宿った対象は、女性の子供だった。」
思わず、固唾を呑んだ。
寒さも相まってか、手先が微かに震えている。
「その女性も君と同じようなに二択に迫られたが、考えるうちに精神がおかしくなっていってね。結局魂が定着しないうちに、子供の身体を殺めてから、それの後を追うように女性は...............自殺してしまったんだ」
烏汰さんは淡々と、ほぼ一息で言い切ると、再びお茶を啜った。
............っていうか、思っていたよりも数倍内容が重いんですけど。
そしてその話は、俺が今からどれだけ重い選択をしないといけないか、それが簡単に分かる前例だった。しかし、こんなタイミングで話さなくてもいいのではないだろうか。正直、今俺の内心は焦り一色となっている。
「......さて、一通りの話は終わったけど、何か質問はないかい?」
......そう言われても、どれもこれも納得していなくても納得せざるを得ないような内容だったから、今更質問なんてない。
「.........」
そう思い、俺は黙って首肯した。
烏汰さんはそんな俺に対して何かを言おうと口を開いたが、何故か躊躇い、すぐに閉じてしまってその言葉が放たれることはなかった。
俺は未だ微かに震える手で茶飲みを取り、口をつけると、それを傾けた。
......味が全くしない。ただの白湯のようだった。
「......まあ、電話番号は渡しておくから、何かあったら電話してくれたら相談に乗るよ」
そう言いながら、烏汰さんは適当な紙にペンを走らせ、俺に渡す。
俺はそれの文字を読みもせず一言だけ礼を言うと、それをポケットに突っ込んだ。
烏汰さんの話は続く。
「そして、決心がついたら、どちらを選んだとしても僕に一言伝えてくれ。どっちを選ぶとしても、紫水さんの身体を連れてきてもらう必要があるからね」
「......わかりました」
「それと、これで最後なんだけど.........」
と、途中で烏汰さんの言葉が止まる。
どうしたのだろうか。疑問に思った俺は自然と下がってしまっていた視線を上にあげた。
するとそこには、まっすぐこちらを見つめる烏汰さんがいた。
「.........決して逃げるんじゃないぞ。逃げたら最後、君はきっと後悔する」
力強く、俺の心に直接言い聞かせるように烏汰さんは言った。
............そんなの、俺だってわかっているさ。
分かっては、いるんだよ。
けど、最後の最後まで悠姫に何も言えなかった俺に、そんなことが.........
「......できるさ」
再び、自然と下がっていた視線を上げる。
するとそこには、今度は優しげな微笑みを浮かべる烏汰さんがいた。
「できる。僕はそう思っているよ。僕には詩遠くんにとって二人がどういった存在かは知らないが、さっき聞いた金村さんについての話から考えるに、君は二人を見殺しになんてしない。そうだろう?」
「そ、そりゃあ、見殺しになんてしたくないですけど......」
「大丈夫、大丈夫さ。決断を悩むということは、それだけ二人のことを大切に思っているということだろう。......あ、それともう一つ言っておく。この言い伝えの収束に、正解なんてない。君が納得する答えを出せばいい。ただ、それだけなんだ」
そう言いながら、烏汰さんはポンポンと軽く頭をなでるように叩いてくれる。
そんな烏汰さんの優しさと、こんなことを巻き起こしてしまった自分に対しての情けなさが合わさって、俺はその場で、ほんの少しだけ涙を零してしまった。
第四章 終
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