第四章 ③

「......さて、少し落ち着いたところで、早速話に取り掛かろうか」


 客間に到着後、烏汰さんが出してくれたお茶をすすりながら世間話に花を咲かせること約十分。話の切れ目となった部分で、烏汰さんはそう切り出した。

 しかし、確かに話の切れ目とはなっていたが、まだ完全にその話題が終わったわけではなった。それはまるで、この話をすることを急いているかのよう。


『環姓の言い伝えは遅すぎると取り返しがつかなくなるらしいから』


 一昨日母さんから聞いた言葉がふと頭によぎる。

 .........でも、そんな分単位で変わるものなのだろうか。

 俺は少し小首を傾げながらも、頭の中を切り替えて、少しだけ心の準備をする。


「まず、今回君の身に起こったことをできるだけ詳しく教えてくれるかな」


 俺はその要望に応えるように、憶えているだけのことは言った。

 そしてそれは、ここ最近だけのことだけではなく、昔のことも、俺が話してもいいと思ったことは全て。

 悠姫との馴れ初めだったり、性格だったり口癖だったり、そんな悠姫に対して俺が抱いている感情であったり。今でも俺の脳裏にくっついてはなれないことが、途中から自分でも抑えられないくらいにぼろぼろと口から出て行った。


「............ふぅむ」


 全てを話し終えた後、烏汰さんは唸る。

 この部屋には時計はないらしい。静かな部屋に響くのは、外から打ち付けるように吹きすさぶ風だけだった。.........っていうか、本当に風が強い。季節外れの台風でも来ているのだろうか。ここに来るときは言うほどだったんだけどな。


「......なるほど。大体の見当はついたよ。それで? 詩遠くんは雛からどれくらい『環姓の言い伝え』について聞いているんだい?」


 そうやって、少しこの家のことも心配していたら、烏汰さんから声がかかった。

 母さんより若く見える人が母さんのことを名前で呼ぶのには違和感しかないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。今回も、烏汰さんの質問に対する答えを、脳をフル稼働させて思い出す。

 えっと、確か.........


「死んだ人を想うと、その人の魂を他の人に宿らせる言い伝えで.........あ、あと、想った強さによって宿る魂の純度が高くなるとも聞きました」


 そう答えると、烏汰さんは「成る程」と言ったきり、再び唸るように考え込む。

 しかし今度は数秒もかからないうちに、話を再開する。


「......まあ、じゃあとりあえずもう一回最初から教えようか。

 まず『環姓の言い伝え』というのは、さっきも詩遠君が言った通り、死者の魂をその人物を想った人物の身近にいる人に宿らせるといった言い伝えだよ。まあ少し付け足すと、この言い伝えは想った人が死者に対して未練がないと起こらないらしいんだけどね」


 烏汰さんは、喉を潤すためか知らないが、ごく少量のお茶を飲む。


「そしてこの言い伝えなんだけど、名前にもある通りウチ、環の家系に先祖代々伝わるものなんだ」

「......先祖代々ってことは、前例があるんですか?」

「ああ。と言っても正確に記録に残っているのは一つしかないんだけどね。.........まあもっとも、百五十年ほど前の出来事だから僕は直接は知らないんだけど。......けど僕が父親から『忘れ屋』を継ぐ時に大体のことは聞いたよ」


 また俺の知らない単語が出てきた。

 そう思ったのが顔に出ていたのだろうか。烏汰さんは、


「ややこしくてごめんね。後で全部説明するから」


 と言った。本当、何から何まですみません。

 心の中で頭を下げていると、次々と話が進んでいく。俺は重要なことを聞き逃すことのないように、深く考えることを止め、とにかく目先の情報にのみ集中する。


「そして、ここからは心して聞いてほしい」


 昏い声音で、烏汰さんはそう告げた。

 心構えはある程度していたつもりだったけど、そんな言葉に思わず緊張してしまう。


「......この環姓の言い伝えは、君の行動次第で世界が二つに分岐するんだ。いや、正確に言えば三つに分岐するんだが、それは特殊なケースだから今は置いておく。

 一つ目としては、君が紫水さんを選ぶ場合。世界は今まで通りに進行していく。金村さんは死んだ事実は変わらない」

 わざとか知らないが、烏汰さんはそう言葉を放った後、少し溜めを作った。

 そして、俺はその数秒の間に、次に烏汰さんが言わんとしている選択肢が分かってしまった。ぐわん、と一瞬視界が揺らぐ。

「そしてもう一つの選択肢というのが............」


 ここで烏汰さんはもう一回溜めを作る。

 もう、分かっている。

 何なら烏汰さんの声にかぶせて同じことが言えそうだ。

 .........けど、自分ではこの言葉は紡ぎたくなかった。

 烏汰さんは、ゆっくりと口を開く。


「.........金村さんを生かすという選択肢だ」


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