第四章 ②

 .........あれ? なんだか思っていた人物像とは全然イメージが違うぞ?

 だって、あの母さんのお兄さんだぞ? そりゃあガタイが良くて、気が強くて、貫禄がある、そんな人物を想像してもおかしくはないだろう。

 しかし、今俺の対応をしてくれている人と言ったらどうだ? ひょろひょろとしていて、優しそうで、言っちゃ悪いけど貫禄なんてみじんも感じない。

 おかしい、これはさすがにおかしいぞ......?

 手を顎に当て、俺は考え込む。

 何か、何か俺の認識が間違っている点............


「あ、あのー? どうかしたの?」


 五月蠅いですね。今俺は考え事をしてるんです。気にかけてくれるのはありがたいですが、少しの間放っておいて——って、あ!

 俺は、突然ひらめく。

 そうか、ようやくわかったぞ。この人は、母さんのお兄さんなんかではない。

 うんうん、この俺の推測だったらこの人がしわ一つないほどに若く見えるのにものも説明がつくぞ。

 っていうか、『若く見える』じゃなくて、実際『若い』んだ。


「えっと.........烏汰さんの息子さんですか、初めまして——」

「ん? 烏汰の息子って......僕が烏汰だよ。環烏汰」


 俺は母さんから聞いていた母さんのお兄さんの名前を思い出しながら、挨拶を始める。さて、どんな話題を振ろうか............って、え?


「今、なんと仰いました?」


 反射するように顔を上げる。

 すると目の前に立っている年齢不詳になりかけている人物は、苦笑いを浮かべながら言葉を紡いだ。


「だから、僕が環烏汰だって」

「う、嘘だ......!」


 思わず、即座に否定してしまう。

 この人が、烏汰さん......? 母さんのお兄さん......?

 うーん、駄目だ。これ以上考えるとまた風邪をぶり返しかねない。深く考えることはやめよう。


「そ、そうですか.........にしてもお若いですね」


 脳では納得したことにしておいたが、本能的には全く納得していないみたいだ。その証に、言葉の最初の方の動揺が残ってしまっている。


「そうかな......ありがとう」


 烏汰さんはつやのある髪の毛を掻きながら、テンプレじみた照れている動作をした。

 .........確か母さんって四十(自主規制)歳だったよな......それよりも年上? 母さんでもこんな可愛げのある行動したことないぞ。まあ、されても困るけど。


「えっと、それで詩遠君は『環姓の言い伝え』について聞きに来たってことでいいかな?」

「え? あ、ああ。はい。そうです」


 ......っとと、危ない危ない。危うく環姓の言い伝えについて忘れるところだった。

 俺がそう返事すると間もなく、扉の中の屋敷へと案内された。

 


「......お邪魔しまーす」


 恐れ多いからだろうか。俺は控えめな声量で家とその中にいる人に対してあいさつを行う。

 するとそんな俺のあいさつに、先に靴を脱いで待っていた烏汰さんは楽しそうに笑いながら、こんなことを言う。


「あはは、家の中には僕しかいないからそんなに遠慮しなくてもいいよ」

「あ、そうですか.........」


 俺は将来、この場面で堂々と『じゃあお言葉に甘えて』と笑いながら言えるような大きな人間になりたいと、心から思った。

 俺はそそくさと靴を脱ぎ、丁寧に並べる。そしてそれと同時に、ふと視界に様々な骨董品のようなものが映った。

 壺、皿、絵画。

 まるでそれは、展示会のような光景だった。

 俺には骨董を見る目は全くないが、そんなド素人でも値打ちがあるものだと分かる。

 ......え、というか、環家ってそんなにお金を持っていたの?


「何か気になるものでもあった?」


 靴を持ったまま苦笑いを浮かべていたからだろうか。烏汰さんは俺をのぞき込むように話しかけてくる。


「.........あの、これらの物って一ついくらくらいするんですか?」


 聞くかどうかかなり迷ったが、気になったので、せっかくだし聞いてみることにした。

 すると烏汰さんは、玄関付近に置いてある骨董を流し見し、少し思考してから、答える。


「そうだね......僕もそこまで詳しくはないんだけど、安くて十五はあるかな」


 驕るような様子もなく、淡々と、そう言った。単位は......いや、これは愚問か。

 ......え、もう一回聞くけど、環家ってそんなにお金持ってたの? ............いや、忘れよう。多分この屋敷に環家の全財産が置いてあるんだよきっと。それか烏汰さんが投資家だとか、そんな感じでしょ。うん。

 俺は自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと立ち上がる。


「すみません、お待たせしました」

「いいよいいよ、時間なら山ほどあるから」


 自然な笑みを浮かべながらそう言うと、烏汰さんは昔ながらの作りの屋敷の廊下を足音一つ立てずに先導していった。

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