第二章
第二章 ①
悠姫とは、物心がついていないときからの知り合いだった。
俺の家から見て右斜め前に悠姫の家があり、どちらが離れていくわけでもなく、ずっと一緒だった。小学校も、中学校も。そして、今俺が通っている高校でも、偶然というべきか。またもや同じであった。
そしてそんな悠姫とは、親戚以上、家族未満。そんな表現ができるような関係だったと思う。
思春期真っ盛りの中学生のときには、女子とずっと一緒にいるのが恥ずかしくなったりして、少し悠姫を遠ざけるなんてことをしたこともあった。
だけどそんな自分勝手な理由も察してくれて、自ら距離を置いてくれた。そして、いつかも忘れた、俺がそういうことを気にしなくなってきた頃、自然に俺の隣へ戻ってきてくれた。
高校に入ると、俺への妬みの目が増えたような気がする。まあ確かに可愛くて、性格もいいのは俺が一番知っていたから、そんな男子たちの目も納得できるものだったけど。
.........でも正直、俺も悠姫に見合う人間なんかじゃないのは自分が一番わかっていた。
だから今度は俺が、悠姫に恥をかかせぬようにと少しだけ悠姫と距離を置いて、俺が悠姫と一緒に設立した『トリカブト研究会』で会うくらいの距離感で接していた。
そんなどっちつかずな関係を認めていたせいで、俺は悠姫の異変に気づくことなんかできなかったんだと思う。
二年の夏、何故か新入部員として紫水も加わり我らがトリカブト研がにぎやかになって少し経った頃。別に夏休みにまで活動する必要はないと思っていた俺は、家でなんとも自堕落な生活を送っていた。
そんな八月もそろそろ折り返しといった、まだまだ暑い日のことだった。
俺はとある人物の電話で目を覚ました。時刻は朝九時。
出るや否や、スピーカーから大音量で声は聞こえた。
『環先輩! 大変です! 総合病院まで早く来てください! 悠姫先輩が! 悠姫先輩が......!』
今でも電話の内容は一言一句違わずはっきりと覚えている。かなりの音量で耳がキンキンしたけど、珍しく紫水が声を荒げていることもあり、おかげで完璧に目を覚ますことができた。
俺は周りのことなんか気にしないで、パジャマ姿のままで家を飛び出した。総合病院は家から割と近い。自転車を飛ばせば十数分でつくほどの距離だった。
夏の暑さも汗を拭うことも忘れ、俺はペダルをこぎ続けた。
そして。
「悠姫っ!」
悠姫が病弱なのは知っていたし、小学生や中学生の時も、度々入院していたのも知っていた。加えて、部屋がいつも同じなことも知っていた。だから、部屋番号も憶えていて、忘れることなどできなかった。......今でも覚えている。二〇一二号室だ。
普段あまり運動をしないせいで、全力で自転車を飛ばしてきたために目が眩み、息も絶え絶えになりながらも、俺は悠姫の指定席である一番奥のベッドまで気持ち早めに歩く。一度走るのをやめてしまっては、なかなかもう一度は走り出せないものだった。
そして、着いた。
「悠、姫......?」
まだ眩む視界で悠姫を目視する。
いつもどおりの、かわいらしい寝顔だった。なにも、変わらない。
けど、変わっていなかったのは表面上だけだった。
「悠姫先輩、もう長くないらしいんです。」
「......っ!?」
急な紫水の言葉に、思わず息を呑んだ。
俺はその『長くない』がどの程度なのか、先を自ら聞きだすことができなかった。それがあと一年でも、あと一週間でも、とにかく悠姫が死んでしまうという事実を理解するのを脳が拒否した。
「......九月までは持たないだろうって。先生が」
「.........っ!!」
再び息を呑んだ。思っていたよりも、ずっと早いからなのかは、今でもわからないけど。
知らぬうちに作っていた握りこぶしが震える。目の奥からは、何かが溢れ出そうになっている。
「どうして、なんだよ。」
からからに渇いたのどから、必死に声を出す。悠姫に問いかける。
「......環先輩?」
珍しく涙ぐんでいる紫水のフォローもしてやりたかったが、そんな状態じゃなかった。自分で自分のフォローをすることすらままならなかったのだから。
「どうして、何も言ってくれなかったんだよ......!」
そして、ついに零れ落ちる。
涙と、言葉が、同時に。
俺が悲しんでしまうからだろうか。俺が信頼できないからだろうか。それとも、自分が死んでしまうのを認めたくないからだろうか。
なぜ、何も言ってくれなかったのだろうか。俺には理解し難かった。
病弱なのは元から知っていたし、最近少し状態が良くないことも目に見えてわかっていた。せめてもう少し早く言ってくれれば、俺にも何かできたかもしれないのに......!
「.........って、違うだろ、そうじゃねえだろ..........!」
俺は一応周りの患者を気遣って、少し控えめに地団太を踏んだ。
隣では少し紫水がびくっと肩を震わせた。
......普通に考えれば、自分から病気が悪くなったなんて言いたくねえよな。悠姫が俺に知らせようとしてなかったんじゃない。俺がもっと悠姫の体調を気にかけていれば、もっと早くに気づけたはずなのだ。だから、悠姫に落ち度は一切ない。
俺は置かれていたパイプ椅子に倒れこむように腰をかける。
自分の馬鹿馬鹿しさに、飽きれてものも言えない。
後から聞いた話によると、その日は、そのまま疲れてそこで二十時間近く、ずっと寝てしまっていたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます