ダーツ

@ochi2251

ダーツ

一人暮らしをしている部屋の壁にダーツボードを

掛けている。

別にダーツが好きというわけではない。

ただ一日一回真ん中を狙ってダーツを投げる。

一向に上手くならないから、もう百日くらい挑戦しているけど、一度も当たったことはない。

当たったら、私は死のうと思っている。

今日も、ダーツを投げる午後八時がやってきた。

どうせ当たらないから気軽に力を抜いて投げる。

「あ」

ゆるい放物線を描いてダーツは赤丸に刺さった。

そっか。ホッとしたような、何ともいえない脱力感に身を任せて私は床にへたり込んだ。

私、死ぬんだ。頭は真っ白になったけど、白濁

した思考の中で死ぬまでの行程を思い描いた。

でも死ぬだけだから、最後の日のご飯と死に場所を決めるだけか。

しばらくぼーっとして、ようやく体が動くようになった頃、紙に食事の候補を書き出した。

それをダーツボードに貼って、ダーツを投げる。一日に何度も投げるのは初めてだ。三回投げて、明日の食事はカフェのモーニング、ラーメン、

肉まんに決まった。最後の晩餐が肉まんだなんて私らしいな。

同様に死に場所もダーツで決め、少し遠くの崖がある海になった。

明日の予定も決まったのでその日はもう寝ることにした。夢の中で私は自由に空を飛んでいた。

死んだあとこんな素敵な世界に行けたらいいな。

起床して、しばらく夢の余韻に浸っていた。

カーテンを開けて、出かける支度を始める。

綺麗に死にたくて、化粧を入念にした。

どうせぐちゃぐちゃになるのにね。

スマホアプリのマップを開いて、カフェを検索した。

サイコロを投げて五が出たのでリストの五番目のカフェに行くことにした。アパートを出ると、九月のまだ強い日差しが肌を焼いた。

モーニングは特に美味しくもなかった。

食べながら、考え事をした。未来は確定したので、過去のことを思い返していた。

小さい頃、お菓子をねだると家に帰ってから泣けなくなるまでぶたれたな。

あの頃の私を、今の私は救えるだろうか。

食べ終わると昼までの時間潰しをサイコロに選んでもらう。大きめの公園でブラブラすることになって、そこでも、ラーメンを食べる間も、最後の晩餐の直前まで、回想した。

こっぴどくぶたれてからはお母さんの言うことを全部聞いたな。それでもお母さんは不機嫌そうで、どうしたらいいかわからなかったな。

今も、何も、わからない。

肉まんは海の近くのコンビニで買うことにした。私が店員さんに声をかけると同時に別のお客さんが商品をレジカウンターに置いて、気まずくなった。どうぞ、と譲って顔を見上げると、女優のように綺麗な女性が「ありがとう」と微笑んで店員さんの方を向いた。

お姉さんの後に私は普通の肉まんを注文した。

外に出ると熱いうちに頬張って、最後の食事を味わった。それは今日一番美味しくて、涙さえ流れそうだった。食べている間、昔のことを思い出すことはなかった。

食事に満足した私は海を目指して歩き出した。

辺りは外灯も少なくて、星がその存在を証明するように輝いた。崖まで私は何を考えていたんだろう。何も考えていなかったような気もするし、ずっと考えていたような気もする。とにかく崖の先端に着いた頃、私の頭は朦朧としていて、ここに来た意味さえ消えてしまいそうだった。

「ねえ、死ぬの?」

不意に声をかけられた。振り向くと、コンビニで会ったお姉さんが立っていた。

「ごめんね、つけてきちゃった」

彼女はコンビニの時と同じように微笑んだ。

「それで、死ぬの?」

「ええ」

「どうして?」

一瞬逡巡して、答える。

「ダーツ」

「え?」

「ダーツで決めたんです。私、自分で決められないから」

そういうとお腹を抱えて笑いだした。

ひとしきり笑って彼女は私に問うた。

「私が死なないでって言ったらどうする?」

私は返事が出来なかった。ポケットに入っているサイコロで決めたかった。

「じゃあ百円で決めよっか。数字の方が出たら死なない。どう?」

私はそれすら返事が出来ずに、とうとう彼女はコインを指で弾いてしまった。

「あ」

暗闇でよく見えなかったが百円をキャッチ出来なかったようだった。地面に落ちたのを拾い上げて嬉しそうに言った。

「数字の方!残念、あなたは死ねません!」

そう言って私の手を引っ張った。

また力が抜けて地面に座ってしまった私の隣に彼女も座った。

「どうして助けたの」

そう聞くとまた微笑んで

「私のため」

と言った。

「勝手にあなたを助けて、あなたにももっと勝手に生きて欲しいと思った。勝手でしょ」

と続けて、子供のように無邪気に笑った。

私はふと思い出した記憶を口に出していた。

「私ね、結婚したかった。彼がいて、両親に紹介したら、バケツの水ぶちまけられて、追い出された。しかもわざわざトイレから汲んだ水だったんだって」

お姉さんは爆笑して

「めちゃくちゃだね〜」

と言った。

何故か私の頭の中で色々な事が繋がっていって、違う未来が構築され始めた。それは世界が広がっていくような感覚だった。

「ねえ、私、実家に行ってくる」

「私車だから乗っていく?」

「遠いけど、いい?」

「うん、楽しそうだから」

彼女に甘えて連れていってもらうことにした。

車の中で彼女は上機嫌そうに歌っていた。

実家に着いた頃、スマホの時計は深夜二時を表示していた。お姉さんにお礼を言って車を出た。

「頑張って、待ってるから」と言う彼女に笑顔で頷いた。玄関の鍵は昔と変わらずポストの中にあった。土足で家に上がる。絶対に出来なかったことをするたびに気分が高揚していく。

二階の寝室に入ると両親は狭いベッドに二人で

寝ていた。まだ一緒に寝てんのかよ。気持ちの

悪い。そんな考えは最高潮のテンションが

かき消して、助走をつけて二人に飛びかかった。「ねえ!お母さん!お父さん!私!これから自由に生きるね!」そう言って二人の顔を狙ってかかとで踏みつけた。布団を投げ飛ばして、痛みに

うつ伏せになった母のお尻に全力でカンチョーをした。

父が復活する前に急いで逃げた。

車に戻ってきた私の顔を見てお姉さんは涙を流した。帰り、助手席で寝てしまった私は夢を見た。

空は飛んでいなかったが、ずっと、ずっと、自由な気持ちで前を向いて歩いていた。

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