第73話合図

 ドクドクと鳴り響く鼓動。溢れ出て止まらない手汗。予想外の焦燥感が、俺の身を苛む。

 体育館の舞台裏で、俺はクラスメイトから心配の眼差しを向けられる。

 俺は今から数分後に、この体育館という大舞台でロミオとジュリエットという劇を、大多数の前で披露する。

 昨日の北原は相当無理をしていたみたいで、今日は学校にすら来れていない。演技ができるできない以前の問題だ。

 だから篠原が言った通り、何故だか俺がロミオ役をやる羽目になってしまったのだが、出来る気がしない。だってそうだろ!

 俺は一回も篠原以外と練習をしたことがないし、セリフだってほとんどうろ覚えだ。それに、俺は人前に立つのがあまり得意ではない。なんなんら苦手だ。

 少なくとも得意ではないと断言できる。そんな俺が、通しの練習もなしで出来るのか。答えはわからない。

 これが普通の演劇だったのなら不可能だろう。でも、この劇はかなりの部分が省かれており、その省かれている部分のほとんどはロミオとジュリエットの会話がない、いわば状況説明や省いても物語に支障がない部分だ。

 だからあの放課後の時間に覚えたセリフ以外は、ほとんど使わない。それだけが不幸中の幸いというかなんというか……。

 俺は目に焼き付けるほど台本を読み、純白のスーツに身を包む。軽く深呼吸をして、心臓の高鳴りを必死に抑えようとしていると、ビ ––––––––––––っとうるさい音が館内に響き渡り、劇が始まることを合図する。

「さぁ、続いては二年F組の演劇『ロミオとジュリエット』です!」

 

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