第72話絶望の宣告

 時間にして午後の五時。文化祭初日は終わりを迎え、大多数の生徒は下校する時間だ。でも俺たちのクラスはむしろここからが本番。

 明日の劇のため、誰もいなくなった体育館で俺たちのクラスは最後の練習を通しでやることになっている。 

 もちろん俺は練習に出ないのでぶっちゃけほとんど無関係なのだが、流石に帰るわけには行かず、文化祭のために準備された椅子に座って劇の練習が始まるのを待っていた。

 けれど劇はいくら待っても始まらず、どうしたんだろう? とみんな不安がり始めた。何かトラブルでも起こったのかもしれないと思っていると、体育館の奥の方から喋り声が聞こえてきた。

 なんだか小さくて聞き取りずらいが、どうやら篠原が他の女子生徒と揉めているっぽい? わからないけど、とにかく篠原と女子の話し声が聞こえてきた。

 なんだってこんな時に問題を起こしているんだと呆れていると、ようやく劇が始まった。

 今回の劇は尺の都合上、重要なシーン以外はナレーションで解説するので、ナレーターの秋篠が物語の世界観を説明するところから劇は始まる。

 あらかたこの世界で起こっている設定を説明し終えると、早速本作の主人公役を務める北原が出てきた。

 豪華で派手な衣装に身を包んだ北原は、必死に練習したセリフを喋り出す。しかし、妙に声が小さく、気迫がない。

 これは別に北原の演技が下手くそだと言いたいわけではなく、なんだか今の北原は様子が少しだけおかしいような気がするのだ。遠目からだからわかりにくいけど、微かに顔も赤いような……。

 動きもぎこちなく、声もあまり張れていない。もしかしすると、さっき揉めていたのはこれのことか。篠原なら、体調を崩した北原にきつい言葉を躊躇なく浴びせそうだしな。

 俺以外の生徒も北原の様子がおかしいことに勘づき、ざわめき出す。けれど北原はそれを隠すようにして、できる限りの演技を続ける。

 結局北原は最後の最後まで劇をやり遂げることができたが、その内容はかなりひどいもので、後半に至ってはほとんど体が動いてなかった。流石にこんな状態で明日の本番をやらせるのはどうなのだろうと不安に思ってしまうほど、北原の演技はひどいものだった。

 あまり力を入れていない、教室での練習の方が出来が良かったと思えるほどに……。もしかしたら明日の劇は、最悪中止になるんじゃないかと不安になるような言葉を発する生徒もいて、俺まで不安になってくる。

 中止となったら、篠原の努力が無駄になってしまう。流石にそれはかわいそうだ。

 まあ本人は何とも思わないかもしれないけど、俺は本気の篠原の演技をみんなに見て欲しいから、やっぱり劇が中止になるのは嫌だなと思う。

 劇を終え、クタクタになりながら戻ってきた北原に女子生徒が心配の声をかける。

 女子から心配される北原は、なんとか気丈に振る舞い冷静を装っているが、誰の目から見ても無理をしているのがわかる。

 明日もこれじゃあ、演劇は無理か……。クラスの半数以上の生徒は暗い顔になり不安がって嘆いている。しかし出演者側の一部の女子生徒は、なんだか俺の方を睨みつけるような目で見てくる。

 な、なんだ? 俺がまた何かやったか? あんな目で見られる覚えのない俺は、戸惑って地面にある木目を見つめる。嫌な汗を掻いて目をそらしていると、トントンとゆっくり誰かが俺の方へ近づいてくる。

 一体誰だと思い顔を上げると、ちょっとだけ微笑んでいる篠原が。

「明日までに北原くんの体調が治らなかったら、あなたがロミオ役をやりなさい」

 とんでもないことを宣告してきやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る