第71話女子との文化祭

 それからというもの、俺たちは放課後に二人で練習を重ねていった。流石にプロから見たら下手くそなことに変わりはないと思うけど、それでも素人としてみたらかなり出来のいいレベルまできたと思う。

 特に篠原の演技は、とても素人とは思えないほど上達していた。正直そこらへんの女優さんとの違いがわからない程度には、うまくなっている。

 まあそんなこんなで月日は経ち、本番前日の土曜日となった。俺たちの劇は、明日の文化祭が一般公開される日に行うので、今日は何もない。普通のクラスなら出し物をやるのだが、俺たちのクラスはもう衣装や道具などをすべて作成したので、今日は一日暇だ。 

 だから皆、他のクラスや学年の出し物なんかを見て回る。俺はというと、数少ない友人の直人を誘って文化祭を一緒に回ろうと思っていたのだが、あいつは友達よりも彼女を優先する畜生だったので、一人寂しく恋愛部の部室で携帯をいじっていた。

 虚しい気持ちが溢れ出るなか、俺の寂しい気持ちをかき消すようにもう一人のボッチが部室に入ってきた。

「あら、文化祭なのにも関わらず、こんなところで何をしているの? もしかして友達がいないの?」

 開口一番いきなり痛いところを突いてくる篠原だが、それはあいつも同様。

「その銃弾、お前にも跳ね返ってきてんぞ」

 俺がカウンターを決めると、篠原はむすっとして反論してくる。

「うるさいわね。私は友達がいないんじゃなくて、作ってないだけよ」

「一緒じゃねぇか。あと、作ってないじゃなくて、作れないの間違いだろ」

「ほう……。言うようになったじゃない。最近までずっと不貞腐れたくせに」

「う、うるせぇよ。別にもう気にしてねーからいいんだよ」

「そう。なら良かった」

 そこで一旦口論は終わり、俺たちは特に何も喋らず各々やりたいことに集中した。

 篠原は部室に置いてある漫画を読み、俺は携帯で特に面白くもないソーシャルゲームをする。

 ここ最近学校生活を送る上で、俺はあることに気がついた。それは、みんなもう俺には興味がないと言うこと。最初こそ女子たちから悪口を言われ、男子からネタにされていたが、文化祭が始まるとみんな劇に集中して、誰も俺へは見向きもしなくなった。

 案外みんな他人には興味ないものなんだなと思い、俺もこの前の件に関してどうでもよくなってきた。人という生き物は環境に慣れるもので、一人でいるのも最初は辛かったが、だんだんと気にならなくなり、なんなら一人の方が気楽じゃないかとさえ思えてしまうほど、俺はここ数日で変化した。

 だから篠原が明日いい演技をしようが、俺の現状にさして変わりはないんじゃないかと思う。だったらここ数日間の練習はなんだったんだと思わなくもないが、別に劇の練習に付き合うのは楽しかったから決して無駄じゃない。

 思えば今日までの瞬間が、高校生になってから一番楽しかったかもしれない。それほど俺は、この一週間が充実していた。

 でも充実しているといえば、思い出すのは友人の直人のこと。高校生で彼女と一緒に文化祭を回るなんて、ものすごく学校生活が充実している。あまり表に出して言いたくはないが、正直羨ましい。

 俺だって一般的な高校生なわけで、彼女とそういった学校の催しを一緒に回るのに憧れたりもする。でも今の俺には到底叶わない夢な訳で……。

 ごちゃごちゃ考えていると、目の前の性格が終わってる美人が眼に映る。

 こいつと文化祭を回る。果たしてそれはどうなのか? 別にこいつは俺の彼女でも、仲の良い友人というわけでもない……。

 そもそもこの女を誘ったところで、どうせ断られる。それに、クラスの女子と一緒に文化祭の劇の練習を二人っきりでするなんて、ある意味そこらへんのリア充よりも充実している気がするしな。

 一人で満足し、また手元にある携帯に目を戻すと、篠原は台本を読みながら。

「ねぇ新藤くん。のどが渇いたから飲み物を買ってきてちょうだい」

 いきなりなんの躊躇もなく人をパシろうとしてきた。なんだこいつ。お前は俺のなんなんだ。

 当然言われた通りに飲み物を買いに行くわけもなく、俺は言い返す。

「なんで俺がお前にこき使われなくちゃいけないんだよ。そのぐらい自分でいけ」

 言い返すと、篠原は大きく嘆息を吐き、やれやれといった仕草を取る。

「あなたは私の部下なのだから、命令を聞くのは当然でしょ?」

 さも当たり前みたいに言ってくる篠原だが、なんだ部下って! いつ俺がお前の部下に成り下がったんだ。衝撃の事実を伝えられたことに驚き、言及する。

「なんだよ部下って! 俺は部員、ただの部員だ。お前の命令を聞いてやる筋合いなんて、どこにもないはずだ」

 反論するが、篠原はめんどくさそうにして。

「はぁ……。どうでもいいけど、早く行ってきてもらえる?」

 俺との会話に飽きたのか、早く行けと催促してくる。なんて傲慢な奴なんだ。この人づかいの荒さには、流石の俺も一つ苦言を呈さなくてはならない。

「良いか? 人には人権ってものがあってだな。この法律を無視して非人道的な行いをすると、お前は捕まるんだぞ」

 ものすごく当たり前のことを話すと、篠原は小首をかしげる

「何故かしら。それだとまるで、あなたが人間であるかのように聞こえるのだけど」

「何故だろう。まるで俺が人間じゃないと言われているような気がする」

「え? 違うの?」

「ちげーよ。逆になんだと思ってたんだよ!」

「ごめんなさい。今まで喋る粗大ゴミだとばかり思っていたわ。これからは生ゴミとして認識を改めるわね」

「おい、改められてねーぞ。ちょっと近くなっただけじゃねーか」

「生ゴミに近いとは自負しているのね……」

「いや、別にそういう意味じゃねーよ! 生ものだから近いってだけで……」

「そんなことより、早く行ってきてもらえるかしら? 私はあなたと違って忙しいのよ」

 しっしとまるで虫を追い払うかのようにして、俺は部室を出て行かされた。相変わらず人使いの荒い奴だ。人格破綻者でもドン引きするぐらい、あいつの性格は終わっている。

 それでも、俺は今のやりとりがなんだか懐かしく思え、少しだけ楽しいとさえ感じていた。

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