第68話いい演技じゃなくすごい演技

 翌日のこと。今日から文化祭までの時間は全て文化祭準備期間となり、勉強などはせず、学校にいる間は文化祭の準備をやる時間となった。文化祭までは残り一週間ちょい。この短期間の間に、果たして篠原はみんなの度肝を抜くぐらいの演技が出来るようになるのか。

 普通なら無理だと決めつける。でもあの篠原なら、なんだかんだみんなをあっと言わせる演技ができてしまうんじゃないか。俺は微かに期待しつつ、目の前にある小道具の作成に取りかかる……。




 放課後の時間。目の前で真剣に台本を読んでいる篠原の邪魔をしないよう、俺は物音を立てずに携帯をいじる。

いつになく真剣な篠原を見ていると、どれだけ本気か伝わってくる。

 篠原はブツブツと「ロミオとジュリエット」の台本を読み進めると、いきなりパタンと台本を閉じ。

「ねぇ、この台本勝手にいじってしまってもいいのかしら?」

 どこか気に入らないところがあるのか、いきなりそんなことを聞いてくる。だが、俺に質問されても困る。だから適当に俺の考えを述べる。

「流石にまずいだろ。いきなり台本なんて変えたら、練習したところが無駄になるしな……」

 普通の意見を言うと、篠原は悩ましげに唸り声を上げる。

「それじゃあ私が一人で喋るところを変えるのはどうかしら? それなら他の人にも迷惑はかからないし、大丈夫だとは思わない?」

「それならいいのか? てか、なんでそんなに台本を変えたいんだよ。どこか不満でもあるのか?」

 俺が聞くと、篠原は台本を俺に見せてくる。

「この台本ね、秋篠さんのお父さんが書いてくれたものらしいのよ」

 いきなり大して関わりのない女子生徒の名前を挙げられて困惑する。

「それがどうしたんだよ?」

「いやね。秋篠さんのお父さん、なんでも映画監督らしいのよね。詳しくは知らないけど」

「ならいいじゃねーか。それってつまり、プロの人が書いてくれたってことだろ?」

「ええ。確かに悪くない。でもね、なんと言うか普通なのよ。物語を忠実に再現してるだけで、面白みに欠けると言うか……」

「それの何がダメなんだ?」

「ダメに決まってるじゃない。いいこと新藤くん。私はね、いい演技をしたいわけじゃないの。みんなの驚かせてあなたの注目を私に向かせるような演技をしたいの。こんな平凡的な台本じゃ、平凡的な劇しかできないわ」

 台本が平凡だから劇まで平凡になるとは思わないけど、ここで話の腰を折るのは違う気がするので何も言わないでおく。篠原は台本を開くと。

「とにかく勝手に変えさせてもらうわ。私のことを勝手に選んだんだから、このぐらいのこと大目に見てもらいましょう」

 篠原は「私を勝手に選んだのだから何をしてもいい」と言う身勝手な考えのもと、勝手に台本にはないセリフや行動を書き足し始めた。なんだかいい演技どころか、ちゃんとした劇になるのかすら怪しくなってきた……。

 そんなこんなで、篠原の演劇生活が幕を上げた。

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