第63話好感度
「劇をやるって、どういうことだ?」
「別にそのままの意味よ。私と新藤くんが劇で主演を演じるの。そこでいい演技をすれば、みんなの新藤くんに対する評価も変わると思ったの。だからどう?」
篠原の意図を聞かされて納得する。でも、賛成できるかどうかは話が別だ。いきなり劇をやるって言われても、俺には演劇の経験はないし、そもそも女子から嫌われてる俺が立候補したところで反対されるに決まってる。
それに、劇でいい演技をしたからと言って、俺に対する評価が変わるものなのか?
人の感情というものは、そんなに簡単で単純なものなのか? 俺は思った疑問や不安を篠原に話してみる。すると篠原は、いつになく真剣に答えてくれた。
「人の感情っていうのはね、新藤くんが考えているよりもずっと単純なものよ。今回あなたが嫌われてるのだってそうでしょ。別に新藤くんが意図的に後輩の胸をもんだわけでもないのに、彼女たちは噂だけであなたを批判している。実際に見たわけでも、害をなされたわけでもないのに偏見や、または同調圧力によってあなたを嫌悪している。だから人の心を変えるのなんて簡単よ」
篠原は淡々と人の心理を話す。確かに篠原の言っていることには共感できる。でも、やっぱり俺に人の心を変えることなんて出来ないと思う。
「でもやっぱり無理だろ。そもそもの話、俺に演技なんて出来ないし……。それにクラスの主演を演じるってのも……。ほら、こういう役ってのは、ムードメーカーみたいなやつの役割だろ」
弱気な発言を吐露すると、篠原は責めることも貶すこともせず、俺に同情する。
「まあ確かに、難しいわね……。そもそもの前提として、私もクラスで劇を演じられるかわからないしね……」
なんだか俺のネガティブな感情に感化されたのか、篠原まで暗くなり、お通夜みたいな雰囲気に陥る。篠原は色々と考えてくれているのに、申し訳ない。そこでふと、ある違和感に気がつく。
その違和感とは、俺がこうして篠原に罵られず、真剣に話をしているという今の状況だ。普段なら真面目に会話をすることは絶対になく、二人で罵詈雑言の応酬を繰り返すのに……。どうして今の篠原はこんなにも親身になってくれるのだろう。
考えられるのは、俺に罪悪感を抱いているから。今の俺がここまで嫌われている原因の一つとして、篠原の立てた作戦がある。厳密に言えば俺が立てて篠原が実行させたのだが、まあそのことを悪く思っているから俺に対して親身になってくれてるのかもしれない。
もしくは落ち込んでいる俺と話していてもつまらないから、純粋に元気づけようとしてくれてるのか……。
なんにしても、今の俺にとってはとても嬉しいことだ。これがギャップ萌えというやつだろうか。悪い奴がいいことをしたらものすごくいい人に見えるのと同じ理論で、今の俺にとって篠原は女神のごとくいい人に思える。
篠原に対する好感度が上がると、俺は無性に恥ずかしくなり「今日は帰るわ」と言い残し、逃げるように部室を出て行った。
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