第62話嫌われ者

「意外ね……」

 篠原は表情を変えずに呟いた。主語がないけど、なんとなく察せる。きっと先ほど話し合っていた文化祭の出し物について、篠原は意外だと思っているのだろう。篠原は漫画を手に持ったまま、一瞬だけ俺のことを一瞥すると。

「あなたはどちらに入れたの?」

 興味なさげに聞いてくるので、「劇だけど……」と返した。すると、俺の回答を聞いた篠原は、読んでいた漫画から視線を上げると疑問をぶつけてくる。

「どうして? 実は演劇が好きだったりするの?」

「いいや全然。むしろ素人が劇とか恥ずかしいって思うぞ」

「ならどうして?」

 純粋に質問をされたので、俺はどうして劇に手を挙げたのか説明する。

「そりゃ、楽だからだろ。俺は多分劇の主役には選ばれないだろうし、そうなると裏方作業だけで当日は何もしなくていいし」

 俺が説明すると、篠原は頷く。

「なるほど。まあ確かに、あなたが劇の主要人物として出させてもらえるとは思えないわね。つまり、あなたのように怠惰で面倒ごとを他人に丸投げする人間ばかりいたから、私たちのクラスは劇をやることになったと……」

 いつもながら辛辣な言葉を投げかけてくる篠原だが、今の俺にはとてもよく効く。

 こんな暴言、篠原なら通常運転もいいところなのに何故だか心は傷ついている。

 ここで普段ならこいつの軽口に乗ってやるところだが、今日は気分が浮かない。だから俺は、苦笑い気味に。

「はは、そうだな……」

 肯定する。そんな俺を見ると、篠原はつまらなさそうな表情をして問いかけてくる。

「嫌われるのは初めて?」

 予想外の質問をされ驚く。なんだこの質問。何を考えるんだ? 考えてもよくわからないが、ここで質問の回答以外を答えると怒られる気がしたので素直に答える。

「まあ、ここまでのは初めてだな」

「そう……。私は何度かあるわよ。辛いわよね。人からの妬み嫉み恨みを買うのは」

 いきなり嫌われ者マウントを取ってきた篠原に困惑する。もしかして慰めようとしてくれてるのか? あの篠原が? いや、そんなわけないだろ。

 訝しむ眼差しを向けるが、篠原は続けて喋る。

「人から悪口を言われるのは辛いわよね。周りにいる人間全員が自分のことを嫌いなんじゃないかって思い込んでしまうほどに」

 煽っているように聞こえる篠原の言葉に、俺はちょっとだけ不機嫌になる。

「……何が言いたいんだよ」

 怒気を孕ませて質問すると、篠原はまっすぐ俺の瞳を見つめて言ってくる。

「面白くないのよ。あなたがうじうじとしていると。だから新藤くん、私と一緒に劇をやらない?」

 唐突に、そう言われる。頭が回らない。こいつは一体何を言っているのか、俺の頭が理解するまでに数秒かかった。

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