第60話便所飯
おかしい……。何がおかしいって、まず俺の状況がおかしい。当初、恋愛部に入部した俺は、他人の恋を叶え、一躍人気者になってみんなから好かれると思っていた。
そうでなくても、以前よりかは人から好かれ、周りに人が集まると勝手に想像していた。なのに、今の現状はどうだ。女子からは嫌悪の眼差しを向けられ、男子からは「変態」だの「歩く性器」だの、不名誉なあだ名をつけられてからかわれる始末だ……。
もう辛い。辛いです。篠原と出会ってから、本当にろくなことが無い。あいつは疫病神だ。絶対に間違いない。
「はぁ……」
目の前の弁当を見つめながら、俺は深くため息を吐く。無音で臭い密室の中、俺は一人ほそぼそと弁当を食す。母親の弁当は美味しいはずなのに、味がしない。
太ももに乗った弁当を落ちないようにバランスを保ちながら食べる。そんな食事中とは思えない行動を取っていると、扉の外から足音が聞こえてくる。床と上履きがぶつかる音がすると、俺はそっと息を潜める。
息を潜めて足音の主が出ていくのを待っていると、じょぼぼぼぼっと食欲の失せる音が室内に響く。それから汚水を出し切った主は、ジーとズボンのチャックを閉めると、すぐさま出ていく。
なんで俺、こんなことしてんだろ。自分を客観視すると、思わず涙が出そうになる。それでもめげずに箸を進めると、俺は扉を開けて男子便所から出ていこうとする。
出ていく際、俺は誰にも見つからないように、弁当を隠しながら素早くトイレから脱出しようと試みる。ここは人通りの少ない男子便所だ。滅多に人は通らない。そのことは俺が一番よく知っている。
なぜならここは、恋愛部の近くにある便所だからだ。ほとんど人がこないこの場所なら、俺が飯を持ってトイレに行く姿を目撃されないと踏んでこのトイレを選出した。
だから、誰にも俺が便所飯をしているなんてバレないはず……。
だと思ったのに、トイレから出てきた瞬間、この世で一番会いたくない人物に出くわしてしまった。
「あら新藤くん、こんなところで奇遇ね」
聞き慣れた透き通った声。恋愛部の部室の近く。間違えるはずもない。俺はとっさに体を篠原の方へ向けると、弁当を背中に隠す。
「よ、よぉ。本当に奇遇だな」
歪な作り笑いを浮かべると、後ろ向きで下がる。こいつにだけは、俺が弁当を所持しているとバレたくない。こいつにバレたら、絶対バカにしてくる。便所で飯を食ってることが露呈してバカにされるなんて、俺のちっぽけなプライドが許さない。
だからこの弁当は、絶対に隠し通さないといけない。だと言うのに、篠原は俺の方へ近づいてくると、不思議そうに背中を見ようとしてくる。
「手を後ろに回してどうしたの? 何か隠しているように見えるけど、もしかしてお弁当?」
一瞬で見破ってきた。なんなのこいつ? 探偵? 篠原に弁当を持っていることが当てられ内心ものすごく動揺するが、決して表には出さない。
「何言ってんだお前。弁当なんて持ってねぇよ」
いつも通りの声で嘘をつくが、篠原はニヤッと口角を上げる。
「そうなの? でもおかしいわね。ここの男子便所から何だか唐揚げの匂いがするのだけど、もしかしてここの男子トイレだけ唐揚げの芳香剤でも使ってるのかしら?」
いきなりおかしなことを言い始める篠原。あからさまに俺を挑発している。でも、ここで必死になって否定すれば怪しまれる。なので俺は、自然に篠原の話に乗る。
「そ、そうなんじゃね。唐揚げはいい匂いだからな……」
俺が篠原の話に乗ると、篠原は馬鹿にするようフッと鼻で笑うと。
「そんなわけないでしょ。あなたがトイレから出てくるとき、お弁当丸見えだったわよ。相変わらず馬鹿ね……」
俺を馬鹿にして教室へ戻っていった。なんなんだあいつ。最初っから分かってたのかよ。相変わらず性格が捻じ曲がってやがる。
俺は悔しい気持ちとか恥ずかしい気持ちとか、その他諸々のよくない感情の渦に飲み込まれ、しばらくその場で呆然と佇んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます