第58話大きく構えろ

 翌日の昼休み。私と新藤くんは、又しても一年生の教室へと赴いていた。昨日米太郎くんがしっかりと彼女たちを振ったのか、私はまだ知らない。だからその確認と、米太郎くんがしっかりと件の西井さんとやらをデートに誘えるか確かめに来たのだ。

 我ながらお節介だなと思う。でも、ここまで面倒を見ないと彼は一生行動に移さない気がする。だから私がお節介になることは正しい。っと、どうでもいいことを考えているうちに、米太郎くんのクラスに到着した、

 到着して中を覗いてみると、自分の席でウロウロと挙動不審な様子の米太郎くんが居た。あの様子じゃ、まだデートには誘えてないのだろう。どこまでも意気地なしなんだ。私が呆れてため息を吐いていると、私たちに気がついた米太郎くんが近づいてきた。

「あ、あの、僕まだ誘えてなくて……。どうしたら……」

 助けを求める子犬のような視線を向けてくる米太郎くん。この視線で一体何人の女子を堕としてきたのか気になるところだが、今は置いておこう。私はやれやれと米太郎くんの方を見ると。

「どうして躊躇ってるのよ?」

 デートに誘えない理由を聞いてみる。まあ大方予想は出来るけど……。米太郎くんは私の予想通り、俯き申し訳なさそうに。

「その、大して仲良くないのにデートに誘うとか、嫌われたりしないかなって……」

 予想通りの返答をされ、呆れる。なので私は、隣に立っている男の武勇伝を彼に聞かせることにした。

「やっぱりそんなことだろうと思ったわ。たかだかデートに誘ったぐらいで嫌われるわけないじゃない」

「で、でも……」

「はぁ……。米太郎くん。ここにいる男はね、後輩の女子のジャージを着たまま、その女子のスカートをめくったことで、一躍女子から嫌われ者になったのよ。それに比べたら、たかが一人の女子から嫌われるぐらいどうってことないじゃない」

 私がその話をすると。

「あれって新藤先輩がやったんですか? とてもそんなことをする人には見えないのに……」

 米太郎くんは驚いてとても意外そうにしていた。その反応に対して、新藤くんは私に激昂する。

「ちげーよ! あれは全部こいつのせい。こいつが俺に命令したせいで、俺は根も葉もない噂を立てられてだな!」

 怒気を孕ませて怒る新藤くん。だが、そんな時ちょうど、まだ中学生気分のやんちゃっぽい男子生徒が教室のドアから勢いよく飛び出してきて、新藤くんの背中に思いっきりぶつかった。

「うおっ!」

 突然背後からタックルされた新藤くんは思いっきり前に転び、そしてその拍子にちょうど前にいた女子生徒を押し倒した。

「「「…………」」」

 誰もが唖然とする光景。なぜなら、新藤くんの右手が、押し倒した女子生徒の胸に乗っていたから。

 新藤くんをぶっ飛ばした後輩男子は、申し訳なさそうに「す、すみませんっす」と軽く適当に謝ってから、逃げるように教室へ戻った。

 ぶっ飛ばされた新藤くんは、とっさに。

「ご、ごめん!」

 謝り手をどけるが、女子生徒は目を潤ませると。

「う……うぅ」

 泣き始めてしまった。目の前でとんでもない展開が巻き起こっていることに気がついた他の一年生は、ぞろぞろと集まってきた。中には泣いている女子へ声をかける生徒もいて。

「大丈夫? この人になんかされたの?」

「ううん。なんでもない……」

「なんでもないって、泣いてるじゃん。ほら、保健室行こ」

「……うん」

 なんてやりとりが、新藤くんを睨みながら行われていた。完全に悪者にされ、オロオロと焦り出す新藤くんだが、もう何もかも手遅れだ。後輩たちから睨まれ「あ、いや、その……」と言い訳の言葉を探す新藤くんは、ものすごく滑稽だった。

 そんな彼の狼狽える姿がとても面白くて、私は思い空気の中、一人で笑いをこらえる。

「あ、あの、篠原先輩……。助けなくていいんですか?」

 目の前で事の発端を見ていた米太郎くんは新藤くんのことを助けようとしていたが、私はそれを止めると先ほどの話の続きをする。

「ほら、これを見たらなんだか勇気が出てこない?」

 笑いながら言うと、米太郎くんは愛想笑いか苦笑いか分かりづらい笑みを浮かべる。

「確かに、これを見たら自分がものすごくどうでもいいことで悩んでる気がしてきました」

「でしょ。新藤くんの犠牲を無駄にしないためにも、行ってきなさい」

 トンと軽く背中を押すと、たどたどしい様子で西井さんの元へ近づき、あわあわとしながらしゃべり始めた。ちょっとして、西井さんとの会話を止めると、米太郎くんは。

「あの、『いいよ』って言われました」

 嬉しそうにしながら報告してきた。なので私は、もう自分の仕事は終わったと思い。

「そう。よかったじゃない。あとは頑張りなさい、あなたならきっと付き合えるわ」

 カッコつけた言葉を言い残して教室へ戻ろうとする。しかし米太郎くんはまだ不安なのか。

「デートまで手伝ってくれるんじゃないんですか?」

 甘えたことを言ってくる。だから私は、彼に一つアドバイスをする。

「あなたの物事から逃げたり怯えたりする癖、早いとこ治しなさい。男なら、怯えずに大きく構えとけばいいのよ」

 適当に知った風な口を聞くと、彼の健闘を祈りつつ一人で教室へと戻る。

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