第49話ラブコメの主人公

 次の日の朝。家から近い高校に通っていることもあり、私はいつも朝のホームルームが始まる20分前に家を出る。ホームルームが始まる時間は午前八時四十分。

 だから私の朝は、いつも他の人間よりもちょっとだけ遅く始まる。八時に起床し、そこからご飯を食べ髪をセットして洗顔をして制服に着替え、家を出て行く。いつもながらギリギリだ。

 そんなギリギリの状態で、私はなんとか八時二十分までにすべての準備を終わらせると、家にいる父さんに行ってきますと挨拶をして家を出て行く。

 家を出てから数十分。耳にイヤホンをつけ、最近自分の中で流行っているアニソンを聴きながら登校していると、あっという間に学校へ到着する。やはり音楽の力は偉大だ。あんなに退屈な登校時間を、一瞬で消し去ってくれる。

 無事学校へ到着し、スカートのポケットの中にイヤホンをしまうと、私は校舎内に入り下駄箱で上履きに履き替える。下駄箱に入っていた上履きを雑に投げると、履いていた靴を下駄箱に入れて自分の教室を目指そうとする。すると、ちょうど登校してきた新藤くんと目が合う。

 普段部室以外で会話を交わすことがないので一瞬だけ気まずい空気が流れるが、ここで彼を無視すると逆に意識していると思われそうだと思い、それはこの世のどんなことよりも屈辱的なので普通に挨拶をする。

「あら奇遇ね。おはよう」

 平然といつもとなんら変わらないトーンで挨拶をすると、彼も「おはよう」と元気なく挨拶を返してくれる。さて、それじゃあこの後はどうする?

 普通に考えれば何も考えず教室に向かうところだが、それはどうやって? 目の前の男とは特段仲のいいわけではない。一緒に朝待ち合わせして登校したり、放課後一緒に帰るとか、断じてそういう関係ではない。

 じゃあこの男のことなど気にせず、先に教室へ向かう? でもそれだと、また逆に意識しているんじゃないかと思われそうで屈辱だ。てかなんで私はこんなにも意識しているとか考えているんだ? これじゃあまるで、私が自意識過剰みたいじゃないか。

 この男のためにいちいちあれやこれやと考えるだけ無駄なのに。うん、そうだ。なんでこんなことで悩んでいたの? 何も気にせず、先に教室へ向かえばよかったのよ。私がそう決心して教室へ向かおうとすると、何も気にしていない様子の新藤くんが、私よりも先に教室へ向かって行った。

 いや、確かに彼は何も間違ったことをしていないし、むしろ当たり前のことをしただけなのだけど、そんなことなどどうでもよく、私は無性に腹が立った。なんなのこの男? どうしてこんなにもムカつくのかしら? 私が勝手に悩んで、彼が悩まず何事もなかったかのように私の先を進んだから? いやまあ実際、何事もなかったんだけど……。 

 というか、なんで朝っぱらからこんな世界一どうでもいいことで腹を立てているの? そのことに又しても憤りを感じる。

 はぁ、アホらし……。急にすべてのことがどうでもよくなり、私は彼の二歩後ろぐらいの距離を保ちつつ教室へ向かった。

 私たち二年生の教室は二階にあり、階が上がるごとに学年も上がる仕様だ。

 私は一年生の教室がずらりと並ぶ廊下の横にある階段を登ろうとして、その階段の手すりに手をかける。するとそのタイミングで、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 真ん中に冴えない男子が居て、その両隣に髪色と性格の奇抜な美少女を搭載した凡人男子高校生の、米太郎くんだ。米太郎くんはこちらには気がついていない様子で、「あはは……」といつもの苦笑いを浮かべながら困り顔で二人の相手をしていた。

「ねぇコメ〜。今日の放課後駅前のスイーツ店に行こーよ」

「あーダメですよ。米太郎くんは今日、うちとデートするんですから」

「いや、僕は……」

 米太郎くんは、オロオロと困った様子で二人の誘いを断ろうとするも、二人の会話はヒートアップしていく。

「は? デートってなに? コメは私のなんだけど」

「い、いや。米太郎くんは誰のものでもありませんよ。強いて言うならまあ、うちのですけど」

「はぁ!? なに寝ぼけたこと言ってんの? 寝言は寝てから言ってくんない?」

「う、うるさいですよ!」

 ギャイギャイと騒がしく口喧嘩を始めた二人を、他の生徒が遠巻きにチラッとみていく。そんな騒ぎのど真ん中にいる米太郎くんは、ものすごく居心地が悪そうにしながら、二人を置いていこうと無理やり体を引っ張って前へ出ようとする。

 しかしその拍子に、足が絡まって米太郎くんは金髪ツインテ女を押し倒す形でその場に倒れ、金髪女の胸を鷲掴みにする。

「ご、ごめん!」

 勢いよく手を離す米太郎くんだが、胸を掴まれた金髪女は顔を赤らめて。

「コメったら大胆……」

 なんてことを呟いて、満更でもない様子だ。その後も米太郎くんの近くに複数の女子生徒が寄り添ってきて、昨日彼が言っていたことはやっぱり本当だったんだなと思う。そんな後輩たちの騒がしいやりとりを見ていたら、目の前で私と同じ光景を見ていた新藤くんが「すげーな……」と驚愕していた。確かに、今の光景が現実のものだとはとても思えない。朝からものすごい光景を見てしまったと驚いていたのも束の間。校内にホームルームが始まるチャイムの音が鳴り響くと、私たちは急いで教室へと向かった。

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