第32話命運をかけたじゃんけん
佐藤も部室からいなくなり、俺と篠原のみが残されたこの静かな空間に、ものすごい緊張感がほとばしる。
「じゃあ新藤くん。勝負は一回きり。勝っても負けても文句はなしよ」
「あぁ。それじゃあ始めようぜ」
このじゃんけんに、俺の人生の命運がかかっていると言っても過言ではない。ここで負けたら、俺は今後の高校生活で変態のレッテルを貼られることになる。何としても負けるわけにはいかない。
絶対に負けられない戦いが、いま始まろうとしていた。
「それじゃあ行くぞ」
「えぇ、いつでも」
ギュッと拳を強く握り、右手を前に差し出す。手の平は手汗にまみれて気持ちの悪い感触がする。嫌だ、この感じ。クラス対抗リレーで順番が回ってくる直前のような、気持ち悪い緊張感を感じずにはいられない。
サッと二人して拳を振り上げると、掛け声を掛ける。
「「最初は」」
軽く拳をあげ、俺は手を丸くして
「グー」
グーを前に出す。しかし篠原は、俺と同時のタイミングで。
「パー」
と言って、パーを出してきた。は? 何やってんのコイツ?
「おい、お前何してんの? じゃんけんのルールも知らないの?」
篠原の鬼畜にも勝る所業に驚いていると、コイツは悪びれもせず。
「私の地域では、まず初めにパーを出すのよ」
意味のわからないことを言ってくる。
「ふ、ふざけんな! そんな大富豪みたいな地域ごとにルールが分かれててたまるか! 全国共通、じゃんけんの最初はグーって決まってんだよ」
声を荒げて言うが、篠原は物怖じせずに、それどころか開き直るように。
「知らないの? ルールというのは、破るためにあるのよ」
下劣で最低なことを言ってきた。だがここで折れるわけには絶対に行かない俺は、強く抗議する。
「違う! ルールはみんなが楽しむためにあるものだ。いいか。俺は絶対認めないからな!」
篠原のクソみたいな言い分に反論すると、篠原は呆れた様子で頭を抱える。
「はぁ、強情な人ね……」
ため息混じりの呆れ顔に、ものすごく苛立ちを覚える。
「なんでお前が呆れてんだよ!」
このやろう……。大体この前のオカッパ君の時から思っていたが、こいつにはプライドというものがないのか? こすいことばっかりしやがって。絶対に俺は負けを認めないという意思を示す。
「今の負け、俺は認めないからな!」
いうと、篠原はもう一度大きくため息を吐きやがる。
「わかったわよ。それじゃあ仕方ないからもう一度やってあげるわよ」
なんでこいつが上から目線なんだよ。イライラとしたまま、俺は拳を振り上げる。
「それじゃあ行くぞ」
コクリと篠原が頷いたタイミングと同時、
「「最初はグー」
拳を前に出し。
「「じゃんけん!」」
勢いよく。
「パー!」
手のひらを開ける。しかし篠原は、俺のパーを切り裂くようにして、微笑を携えながら。
「チョキ」
冷徹に、死の宣告を言い渡す。
「あ……」
思わず情けない声が漏れ出て、俺は青ざめる。先ほどまで感じていた憤りはもう跡形もなく、今はただ、恐怖の感情が俺を支配していた。まずいまずいまずい!
普通に負けた。やばい、どうしよう。なんの不正もされず、特に見所もないまま負けた。もう俺の人生おしまいだ。
サーと血の気が引いていくのを感じる。絶望。これが、絶望か。ドクドクと心臓が早く動いて、血液を循環させる。
もう人生終わりだよと今にも嘆きたくなっていると、篠原はポンと俺の肩をたたく。
「安心してちょうだい。私にとっておきの策があるから」
気遣いか、はたまた本当に何かいい策があるのか知らないが、篠原のその言葉で俺の気持ちは軽くなる。なぜだろう。あいつに安心しろと言われると、ものすごく大丈夫な気がしてくる。思えば、今までだってあいつのおかげでなんとかなってきた。あいつの言葉には、妙な説得力があるのだ。
天性のカリスマ性とでもいうのだろうか。
「わかった。それじゃあまた明日」
俺は篠原に身を任せようと決意して、部室を出て行く。扉を開け、部室を出て行くと、後ろから小さく。
「また明日」
と聴こえてきたので、同じ言葉を返して家に帰る。
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