第33話変態と意気地なし
翌日の朝。いつもは結構ギリギリに登校する俺だが、今日は後輩のために少しばかり早く家を出て学校へ向かう。昨日よりも20分ほど早く家を出て学校へ着くと、すでに篠原と佐藤が校門前で待機していた。
「おーす」
適当な挨拶をすると、佐藤は畏まった感じで丁寧に。
「おはようございます」
気持ちよく挨拶を返してくれる。篠原もそれに続くよう、腕を胸の下で組みながら。
「おはよう」
と、短く返してくれる。五月になったばかりのこの季節。肌寒い風がビュービューと吹き荒れるので、俺が手を擦り摩擦熱を発生させていると、篠原は今から行う作戦の確認を改めて伝えてくれる。
「それじゃあ二人とも、今から行う作戦のおさらいをするわよ。まず、佐藤さんが朝練終わりの笹川くんに話しかける。その後タイミングを見計らって、新藤くんが佐藤さんのスカートを捲る。うっかり佐藤さんの下着を見てしまい悶々とする笹川くんへ、放課後告白する」
篠原が言うと、俺と佐藤はこくりと頷く。正直かなりガバガバで意味のわからない作戦なのだが、まあなんとかなるんだろう。前回も前々回も、意味わからないけど最終的にうまくいった。今回もそう。
俺の発案したアイディアだが、篠原が立てた計画だ。失敗するはずはない。根拠のない自信を感じつつも、俺たちはサッカー部の朝練が終わるのを陰から待ち続けた。
「そういえば新藤くん。これ」
「どうぞ」と言われ、篠原から我が校のジャージを渡される。
「なにこれ?」
いきなり渡されたジャージを疑問に思いながら見つめていると、篠原は「いいから着なさい」と着るように催促してくるので、俺は制服のブレザーを脱ぎ、ワイシャツの上から青色のジャージを着る。
ジャージに腕を通しチャックを閉めようとすると、篠原はガッとジャージを俺の頭の上まで上げて、チャックを全開まで閉める。
真っ青な視界。一体俺は何を、てかめっちゃいい匂いがする。なんか、お花畑に囲まれてる気分に陥る。
え? なにこれ。もしかして篠原のジャージ? 途端に変な気分になり、動悸が激しくなる。
性格はゴミだが、容姿だけはやたらといいあの篠原のジャージを、俺は今着ている。なんだかものすごく背徳感を感じてしまいながらも、篠原にわけを聞く。
「おい、どう言うことだ?」
ジャージに遮られて声がくぐもるので、俺は一段と大きな声で問いかける。すると聞かれた篠原は、
「察しが悪いわね。これであなたの顔は見られないでしょ?」
と言ってきた。つまりこれは、昨日篠原がいっていた、『とっておきの策』と言うやつなのだろう。まあ悪くないのか? 確かに顔がバレなきゃいいもんな。幸い俺のジャージじゃないから、名前もバレない。なるほど、完璧だ。
「さすが篠原だな」
俺が珍しく篠原を褒めると、満更でもなさそうに。
「このぐらいどうってことないわ」
ちょっとだけ嬉しそうに言う。そんなこんなで時間は経過して、サッカー部の朝練が終わり、件の笹川くんが校舎に入って来ようとしていた。
「ほら、行って来なさい」
篠原は、緊張している佐藤の背中を軽く押す。しかし佐藤は今更ながら自信なさげに。
「あの、私なんかが笹川くんに話しかけてもいいのかなって……」
不安の声を漏らす。今言うのかよ! と野暮ったいツッコミが出そうになるが、それよりも先に、篠原は説教するように佐藤を咎める。
「あなた、『自分なんか』と己を卑下する癖、今すぐやめなさい。あなたは別に他人よりも劣ってないのだから、自信を持つべきよ。見なさいこの変態を。こんな醜態を晒しながらも、立派に生きてるわ」
「おい! いま『いい話するなこいつ』って思った俺の心を返せ。なんで最後に俺を貶してんだよ。醜態なんて晒してねーわ!」
篠原に憤慨するが、佐藤は元気をもらったらしく。
「ありがとうございます」
と言い残し、笹川くんの方へテクテク歩いて行った。よし、あとは俺がスカートを捲るだけ。なんだか緊張して来たな。そういえばシチュエーション的に、最初の不良役とちょっと似てる気がする。
ドキドキと心臓を鳴らしながら、今か今かとタイミングを伺う。佐藤はあまり笹川くんと仲良くない、というか、一方的な片思いみたいなことを言っていたが、なんだかんだで結構楽しそうに喋れてる。
ジャージで視界が青くなってるせいでうまく見えないけど、笹川くんは心なしか嬉しそうにしている気が……。
そう思っていると、篠原が。
「今よ!」
合図を出すので、俺はジャージを頭まで被ったまま、全力で二人の元へ走っていく。いきなり現れた不審者に笹川くんはえらく動揺しているが、俺はその隙に佐藤のスカートを掴むと、思いっきりめくり上げる。瞬間、恥ずかしそうにスカートを抑える佐藤。
よし、上手くいった。あとは撤退するのみだ。俺は全速力で、人目の付かない校舎裏の方へと走り出す。しかし誤算なことに、俺の後を例の笹川くんが全力で追って来た。
「ま、待ちやがれこの変態ヤロー!」
な、なにいいいい! まさか追ってくるなんて。まずい。マジで捕まったら人生終了する。俺は今まで出したことないほどの全速力で走る。だが、相手はサッカー部。
恋愛部なんて意味のわからない部活に所属している俺とは、脚力が段違いだ。もちろん足の速さで勝てるわけもなく、俺は捕まってしまう。
「観念しやがれ変態が! 佐藤に謝れ!」
かなり本気で憤慨している様子の笹川くんに、俺は誤解を解くように言い訳する。
「ま、待ってくれ。これは君のためを思って……」
「嘘つくな変態が。つーかそのジャージ、佐藤のじゃねぇか! 盗みまでしやがるなんて、変態クズ野郎が! 顔を見せやがれ!」
え? 佐藤のジャージって、それよりもッ!
無理やりジャージのチャックを下げられ、俺は顔を露出する。あ、終わった。こうなったらこの子に、俺は変態ではないことを理解してもらうしかない。
「ま、待ってくれ。これには色々と訳があってだな。俺は決して佐藤を傷つけようとか、そんなことは思ってなくてだな。これも全部、佐藤のためというか……」
「どんな言い訳だよ。スカートめくんのが佐藤のためって、意味わかんねえんだよ変態が!」
「た、確かに……」
側から見たら意味わからん。でも、実際そうなんだ。俺はなにもやましい気持ちはない。でもそのことを目の前の強情そうな彼に説明するのは、とても難しい。だって本当に、意味わかんないもん。
ちゃんと真実を一から語ったところで、信じてはもらえない。かと言って逃げれば、変態として学校中から軽蔑の眼差しを送られる。だから俺は、なんとしてでも目の前のこいつに納得してもらえる理由、もとい言い訳を説明しないと。
俺が必死に納得してもらえるだけの言い訳を考えていると、笹川くんは額に青筋を立てて、ゆっくりとこちらに迫りながら。
「俺の好きな人を傷つけやがって。絶対に許さねぇ!」
とんでもないことを言って来た。は? ”俺の好きな人”?
「ちょ、ちょっと待て笹川くん。お前、佐藤のことが好きなの?」
確認すると、笹川くんは歯をギリギリと噛み締めながら。
「だったらなんだよ」
と言いながら、ゆっくり近づいてくる。マジかよ。じゃあ俺のしたことって完全に無駄骨じゃん。ここまでしたのに、全部無意味。なんか、だんだん腹たって来たな……。俺は目の前の意気地なし野郎に、会心の逆ギレをお見舞いする。
「この軟弱ヘタレ野郎が! なんで好きなのに告白してねーんだよ! ふざけんな!」
「な、なんでお前がキレてんだよ意味わかんねーな! いいから佐藤に謝れ!」
「嫌だね。それよりも、お前こそ佐藤に告れよ」
「は? なんでお前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。いいんだよ、もう少し関係を築いてからで……」
「いいやダメだ。このジャージがどうなってもいいのか?」
「なッ! どうするつもりだ」
焦る笹川くん。そんな彼に、俺はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべると。
「舐める」
気持ち悪い発言をする。さすがのこれには、笹川くんもドン引きしている。
「こ、この変態が!」
「うるせーよ意気地なし。関係を築くとか、体のいい言い訳並べやがって。振られるのが怖いだけだろ」
「そ、そんなことねーよ!」
「じゃあ見せてみろ。意中の人の私物を助け出すために、根性見せてみろよ!」
「わ、わかったよ。やってやるよ!」
なんだかうまいこと俺に乗せられた笹川くんは、心配そうに後ろから見ていた佐藤に近づくと。
「佐藤、俺と付き合ってくれ!」
サッカー部や他の部活動をしていた生徒たちに見守られる中、堂々と告白した。予想外の展開に佐藤は困惑しつつも、頭から湯気が出そうなほど顔を赤面させつつ小声で。
「はい……」
笹川くんの告白を受け入れた。嬉しさを隠そうともせずに、綻びた表情を浮かべる笹川くん。俺はそんな彼の元へ歩いていくと。
「congratulations笹川くん。これは戦利品だ」
言って、着ていたジャージを手渡すと、何事もなかったかのようにしてその場を後にした。二人は結ばれ、何事もなく、すべてが上手く言った。そう思っていたのに……。
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