midnight✖️? ②midnight

 おばさんを治療していた医師たちは、彼女に鎮静剤を投与した旨を伝え、やがて順に去っていった。穏やかに眠る彼女に、代わりに僕らが身を寄せる。重い沈黙は、なおも病室全体にのしかかっていた。

 その時、不意に着信音が鳴った。『モモちゃん』の携帯電話からだった。

「すみません。ちょっと出てきます」

 足早に病室を後にする彼女。おかげで張り詰めた空気に、少し綻びが生じた。それが、『ナギちゃん』にはよかったのかもしれない。

「……私たち、実は母子家庭なんです。だから母が一人で私たちを育ててくれて、でも今はこんな状態になっちゃたから、代わりに姉が頑張るしかなくて。そのせいで姉ちゃんは、毎日毎日仕事に追われてるんです。さっきの電話も、たぶん職場からの呼び出しだと思います。大きな企業に入ったから色々と忙しいんだろうけど……無理、してないかな」

 最後の一言、彼女の声は、確かに震えていた。

 おそらく仕事と育児の無理が祟って、身体を壊してしまった母。その義務を肩代わりした『モモちゃん』が、二の舞にならないとは、到底言いがたい。

 それが、たまらまく不安で、心配で、怖いんだね。

 胸の内を吐露し、しかし何も解決できない幼い少女に、僕の胸はキリキリと痛んだ。何故こんなにも健気な子が、温かな家族が、幸せになることを許されない。きっと、ほんの少しのきっかけさえあれば、手を取り合って幸福を掴んでゆけるはずだ。

 だのに僕は、少女の心を少し軽くする言葉さえ、たったの一つも持ち合わせていなかった。日向にもらった温かさを、次に繋げることさえできない。それがまた胸を突く。

 やがて『モモちゃん』が戻ってくると、やはり急な仕事ができたと言って、『ナギちゃん』を連れて帰っていった。途端に淋しくなった病室から、場違いにも中秋の名月が燦然と見えた。その月光が、おばさんの『長谷』というネームプレートを照らしていたことを、今でもよく覚えている。

 それがまさか、『モモちゃん』、君が逃がし屋の依頼に来るとはね。

 望月から返却を食らったシャンディガフを、彼が桃子の応対をしている隙に、すべてシンクに流してしまう類。正直もったいないことをした。でも、膵臓がん患者は飲酒厳禁。望月の目を盗んでまで、そうしたルールを厳守し、今日まで生き長らえてきた甲斐があった。

 君たちと出会い、柄にもなく守りたいと思い、シックスミックスの発現をもくろんだ。誰かに寄り添うのは下手くそだから、せめて、僕のやり方で幸福を掴むきっかけをつくる。そうすることで、もう悔いはないと、笑って逝く勇気をください。

 六月十八日午前零時。先刻をもって、僕の命はタイムリミットを越えた。

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