月と太陽1①
タスクバーの手紙のアイコンに、小さな白丸がぽんっと付いた。
「誰からだろ」
残業の手をしばし止めて、桃子がアイコンをクリックする。空っぽ受信ボックスに飛び出てきたのは、「Yellow Iris」からのメールだった。
心臓が跳ね上がる。計画は既に聞かされたというのに、いったい今さら何の用が。もしや非常事態か。でも、だとしたら、なぜ電話でなくメールで?
桃子がおそるおそるカーソルを合わせる。そのメールには、頭語も時候の挨拶も一切無く、代わりに一文目からこう記してあった。
芹沢澪は、貴女が思うような暴君ではないかもしれない。
は……?
驚きを隠しきれないまま、桃子は続きを読み進める。
先日ターゲットに対する調査を行った結果、芹沢率いる前山プロダクションが、いくつもの犯罪に加担している可能性が浮上した。その一方で、彼らの悪事が芹沢澪の指示によるものと示す証拠は見つけられなかった。つまり、事務所の裏にある犯罪組織キメラが、必ずしも芹沢を総帥にいただいているとは限らないのである。むしろ彼女は、長年彼らに対抗しているようにも見えた。
おそらく我々は、今大きな勘違いをしている。彼女が実際に悪しき心を持ち合わせていないのであれば、貴女に対する横暴にも、何か大きな理由があるのかもしれない。それはこちら側には知り得ないデータであり、貴女が一番理解できる友情のはずだ。ゆえにこの度は、貴女に芹沢澪の再調査を委託したい。追って真実とともに、依頼を継続するか否か、改めて判断いただくようお願い申し上げる。
望月の死神方 知立類
桃子はひどく混乱していた。事務所の裏、犯罪に加担、キメラ、友情、真実。そんなものとっくに分かりきってる。澪が土方常務のすぐあとにキメラ総帥となったこと。そして、彼女さえ居なくなれば、本人をはじめキメラ組織員を使った嫌がらせもなくなること。結論があるとすれば、共に紡いできた絆が一瞬にして引き千切られる音、ただその慟哭だけだった。だったと思い込んでいた。
画面をスクロールする桃子。メールには、かなりの容量になるエクセルファイルが添付してあった。中身を確認する。そこには、ひたすら表とグラフだけが並んでおり、注釈の他には一切文章がなかった。
他人の憶測や総括など必要無い。ありのままの事実を見ろ。そして、自分の答えを捻り出せ。知立さんはそう言いたいのか。
桃子はいつも持ち歩いている鞄から、旧式のUSBメモリを取り出した。お土産でもらった鈴が鳴る。類のファイルをパソコン画面の片側に寄せ、もう半面に、メモリ内の文書ファイルを立ち上げていく。
知立さんは、事務所の悪事やキメラのことから澪の心中を疑い始めた。私はその真逆。澪は何故私を虐め続けるのか。何故こんなにも、唐突に変わってしまったのか。変わらなければいけなかったのか。彼女の変貌を受け入れたくなくて、澪から事務所の闇へと、必死に逃げ道を繋げてきた。
対なるデータが求めているのは、同じ真実という名の希望。二つの矢印が奔走し、ぶつかり、絡み合ったその一点には、きっと――
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