midday2④
「あのっ」
当初の目的に気持ちを切り替え、望月が芹沢澪との接触を試みる。
「もしかして芹沢さんですか。実は僕、あなたの大ファンなんです。サインと写真をお願いできますか」
「ええ、大丈夫ですよ」
澪は快く承諾してくれた。本人確認をするためには、まずはその大きなサングラスを外してもらわなければならない。あとは身長や歩き方の癖なんかのデータも、可能な限り集めたい。
「あらその服、私がコーディネートしたものにそっくりじゃない」
手帳にすらすらとサインしながら、一オクターブ高い声で澪が話しかけてくる。
「あっ分かります? 以前雑誌を見たときから、芹沢さんに会いに行くならぜひ真似しようと思ってて」
「ほんとに!? 相当前のものなのに覚えててくれたのね。すごく嬉しい!」
手帳とペンを返されると同時に、望月がスマホを取り出す。澪は期待通りにサングラスを外した。そして気付く。彼女の美貌は画面越しのそれとほとんど変わらず、整形の跡もアイプチやカラコンで顔を作っている様子も一切ない。まさに、天に与えられた美というわけか。
「本当にありがとうございました。これからも応援してます!」
「こちらこそ、いつもありがとう」
澪は軽く手を振って、優雅にその場を後にした。
望月も彼女に背を向け、人気のない道を選んで帰路に着く。その途中、彼は幾度となく長い息を吐くと、清楚に見えるようセットしていた黒髪をくしゃくしゃにかき回す。
まったく、今日の発見は目に余るものが多すぎる。前山プロダクションにきな臭い裏があること。さらに俺自身にも、事務所から恨みを買った過去があること。そのせいで、頭領たる芹沢の身辺や、彼女が口止めしたようにも見える「よくも総帥を……」という意味深な台詞についても、一度調べ直す必要が出てきた。
見たところ芹沢に怪しい点はなかったが、彼女は事務所内部抗争の首謀者であり、結果的に社長の座を奪ってしまった女傑でもある。また事務所との因縁に関しては、おそらく俺が逃がし屋として、総帥とやらを幽閉してしまったのだろう。あの男が怒り心頭だったのも、自分たちの親分が殺されたと思い込んでいるからなら、納得がいく。また詳しくデータベースを……ん、待てよ。そうすると、総帥の不在を見計らって、芹沢がその空席にも滑り込んだ可能性があるのか? もしや彼女は、そのために会社を……?
望月がさらに髪をかきむしる。そもそも俺は頭脳派じゃないんだし、こういう小難しいことは、うちに巣食っている珍獣にでも食わせておけばいいんだ。
望月はニット一枚になった腕をさすって、明るいオフィス街を後にした。
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