midday1
その日の『Yellow Iris』は、あたかもバーゲンセールの大型衣料品店みたく、色も形もばらばらな洋服たちで埋め尽くされていた。
山になったアウターの脇で、類がタブレットを抱えながら縮こまる。
「こんなに服を引っ張り出して、いったいどうするつもりなんだ」
「どうって、変装するに決まってんだろ。いつものことじゃねぇか」
細身のブラックジーンズが空を舞う。
「いつもはこんなに散らかさないから、わざわざ質問してるんじゃないか。まさか君、急にファッションに目覚めたとか?」
「全然違ぇよ。今から芹沢の事務所を偵察しようと思ってるんだけど、どうもそこが、都心の一等地に建ってるらしくてな。街に馴染む服なんて言われても、もう何がいいのかさっぱり」
肩をすくめた望月の手から、真っ白なTシャツが滑り落ちた。
「それなら、前提を取っ払ってしまえばいいんだよ」
類が不意に検索エンジンを開き、サクサクと何かを調べ進めていく。
「僕にいい案がある。芹沢が主にモデルとして活躍していた頃の話になるが、とある雑誌の企画で、彼女が男性モデルをトータルコーディネートするというものがあったらしい。どうせ君は芹沢と対面しなくちゃいけないんだし、いっそファンを騙って、堂々と出待ちでもしていればいい」
「なるほど、その手があったか……さすがに待ち伏せは目立つけど、雑誌を見て真似したファンって設定なら、接触もしやすい」
望月はしきりにうなずくと、類からタブレットを借り受けた。片手にいくつものハンガーを引っ掛け、画面と見比べながら、一番原型に近いアイテムを組み合わせていく。すると、ほんの十分足らずでスタイリングは完成した。
類が思わず息を漏らす。
「なんだか見違えたみたいだ。望月って、そんなにオーラのある人間だったっけ」
トレンチコートの裾をなびかせて、長身痩躯、容姿端麗な青年が振り返った。
「そこが芹沢の才能ってやつだろ。まあ普段から鍛えてる分、人よりはプロポーションがいいのかもしれねぇ」
うんうん、としきりにうなずく類。
「ああ、もちろん諸々理由はあるだろう。けれどよくよく考えてみれば、君は上背があるし肌も白いし、なんとなく日本人離れしたところがあるよな」
彼の全身を眺めながら、類が顎に手を当てて言う。
「へぇ、お前が人を褒めることもあるんだ。今日は大嵐に気をつけて行ってくるよ」
望月は鼻をしわ寄せて笑うと、仕上げにウェリントン型の伊達眼鏡をその根に添える。
金色の小さなドアベルが、いつもより多く震えた気がした。
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