midnight3②

「いまさら何だよ。僕は自由に研究ができる環境が欲しくて、君は逃がし屋の優秀な助手が欲しくて、利害による一時的な同盟を結ぼうって話になったんじゃないか」

「それは分かってるけど、なんか不釣り合いな気がするんだよな。お前の条件は、正直俺がいなくても叶うだろ。他に要求があるなら早めに言えよ?」

「義理堅いんだ」

「保身のためだよ。血の通わないお前のことだから、エイプリルフールに寝言で約束したとかいう理由で、生体解剖でもおっぱじめるんじゃないかともう不安で不安で」

 おー怖ぇ、と半ば本気で望月が腕をさする。

「解剖だなんてまさか! 君を実験台にする予定があるだけで、僕はいたって善良な科学者だよ」

「……おいこら類、善良の意味を調べ直せ」

 優雅に足を組んで座る彼に、望月が立ち上がり歩み寄る。類はいち早く危険を察知して逃げ出したが、その首根っこを掴むと、こめかみにデコピンを食らわせてやった。その場でうずくまる彼。

「僕の頭脳は世界遺産級だぞ。ユネスコに怒られても知らないぞ」

 とあまりにブツブツ陰鬱なので、望月は類を、また席に座らせてやった。

 望月がカウンターに手をつき、類を閉じ込める。

「で、俺を使った実験というのは?」

「シックスミックスの発現だよ。見ると幸せになる空飛ぶ列車、シックスミックス号。聞いたことない?」

「なんだそれ」

 望月が眉をひそめる。類の口から飛び出した話だとは到底思えなかった。だってどこからどう見ても、都市伝説を寄せ集めただけのお粗末な創作じゃないか。それとも何だ、ドクターイエローのパクリか、韻を踏んだシャレのつもりか。

「君はときどき面白い顔をするね。確かに僕も、最初に聞いた時はくだらない空想だと馬鹿にしていた。けれど、どうもこれが、ただの都市伝説じゃなさそうなんだな」

 類はニヤリと口角を吊り上げると、おもむろにノートパソコンを開いた。頬杖を付きながら数多のパスワードを打ち込み、数多のファイルを開示していく。相も変わらず、目が追いつかないようなブラインドタッチだ。

「ここにずらっと並んでいる通り、シックスミックスには数多くの詳細なルールが存在する。一般的な言い伝えにも同じことが言えることかもしれないが、それらには地域ごとのずれがあったり、なんらかの矛盾が発生していることがほとんどだ。しかしシックスミックスには、そういう不自然な点が一切ない。地域格差がないことに至っては、それだけ多くの発現例があるという証拠にもなる。僕が予想するに、シックスミックス号は超現実の中にこそ実在する。光の反射や屈折による像でもホログラムでもない、いやそのどちらでもありながら、それらを超越するより物質的な高エネルギー体として――」

「いや待て、途中から何言ってるのか全然分かんねぇ。どうせお前のことなんか理解できるわけないんだし、俺にどんな影響が出るかだけ教えろ」

「まったく、仕方のないやつだね」

 すさまじすさまじ、と準備していたデータにまたロックをかけていく類。興ざめだって言われても、俺の方は端から楽しくないからなぁ。

「ようするにね、僕は君に、シックスミックスのトリガーになってもらいたいんだ。列車にはその名の通り、六人の運命を交錯させ、六人をより良い未来に導く力がある。そしてきっかけはいつも、ほんの一刹那の出来事でしかないんだ。例えば突然の交通事故であったり、拳銃の引き金を引く瞬間であったり……」

 ああ、ようやく俺の出る幕を理解した。どっと疲れが溜まっていく。

「呆れた」

 ただただ、その一言に尽きる。

 望月は一つ大きな伸びをすると、ぶふぁっとソファーに倒れ込んだ。そこに、類がコースターを差し出す。白地にイエローアイリスの花が描かれた店の特注品だった。その上に、ビールが泡立つシャンディガフが重ねられる。

「隠していたつもりもなかったんだ、まあ許してくれよ。お詫びと言ってはなんだが、これ、僕の奢りだから。後でレジにお金入れとくね」

 ナイトキャップ、長い一日の終わりにほろ苦いカクテルか。それも悪くない。

 けれど。

「悪いが今はやめておくよ。寝酒って実は身体に良くないって言うし、こういう仕事柄、常に緊急事態に備えておかなくちゃ気が済まなくてな。気持ちだけ頂いておく」

「そうか、なんとも君らしい意見だね……ってことで、ありがたくいただきます!」

 類はコースターを手元に引き寄せると、琥珀色のグラスを望月に掲げた。

「お前、最初から自分が呑みたかっただけだろ」

 相変らずお互い思いやりが無いなと思うと、なんだか少し安心した。

 

 FILE02:科学者・知立類

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