midnight4①

 不意に望月が、勢いよく背後を振り返る。

「どうかしたのか?」

「静かに。誰かがこっちに向かってくる」

 音もなく立ち上がり、ドアから距離を置いて構える彼。類もお手製の薬品スプレーを手に、椅子の陰に身を潜ませる。そういうフォーメーションが自然と組まれていた。

 ほどなくして、控えめなノック音がする。

「どなたかいらっしゃいませんでしょうか」

 ひどくか細い女の声だった。

「どうしてもお話したい方がいるんです。その、望月の死神というスナイパー――」

「悪いけど、今日はもう店じまいなんだ。また明日来てくれないかな」

 慌ててドアを開ける望月。とんだ世間知らずが来ちまった。誰がどこから監視しているかも分からない道端で、堂々と相手の名を口にするとは。

 突然目の前に登場した男を、少しびっくりした表情で見上げる彼女。よれたシャツに履き潰したスニーカー、油っけのないハーフアップ。眼鏡でなくコンタクトレンズをしているだけ、まだ美意識の欠片は残っているか。

 はたと思い出したように、女が一歩前に出る。

「あなた、お店の方ですよね。望月さんをご存知ありませんか」

「……裏メニューの注文ね。どうぞ中へ」

 望月は半身を引いて、客人を笑顔で招き入れた。

 ガチャン、と扉を閉め切る。

「いくつか質問していいか」

 声をひそめ、鋭い視線を送る彼。女の肩がぴくりと震えた。

「お前さん、どうして昼間の正規ルートで来なかった。アジトの前で怪しい言動をされちゃ、こっちにとっては死活問題なんだけど。そこんとこ分かって押しかけてきてんの?」

「す、すみません……」

「バーの営業が終わった後のここは、無知な表社会の人間がむやみに首突っ込んでいい場所じゃねぇんだよ。分かったら適当に時間潰して、さっさと俺の前から失せろ。それで、二度とそのまぬけ面見せんな」

「望月……」

 成り行きを見守るだけだった類が、小さく声をかけた。そして、ニタリと嫌な笑みを浮かべる。

「君は優しすぎるよ。本当に甘ったれだ」

 女が目を丸くして、顔を上げる。

「あのねお嬢さん、この不器用はね、純粋に君を守ろうとしてるだけなんだよ。自分の利益なんてとうに諦めて、平和な世界にいる君を犯罪に巻き込まないために、下手な芝居を打っている。でしょ?」

 わずかな沈黙のあと、望月が舌打ちをする。女の表情が少し和らいだ。が、彼は続ける。

「勘違いすんなよ。本音を明かされようが笑われようが、俺の言い分は変わらねぇ。表社会で上手くやっていけてたあんたが、その場の勢いだけで、何もかもお終いにしちまうなんて馬鹿げてる。そんなくだらないやつの頼みなんか、聞きたくないね」

 すると、女がぽつりと吐き捨てた。

「平和な世界って、何ですか。その場の勢いって、何ですか」

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