エピローグ

「よーい、スタート!」


 借り物競争がスタートした。


 うちの高校の体育祭では名物として毎年借り物競争が開催される。

 人気な理由は単純で、お題が鬼畜で有名だからだ。


 今までに出た酷いお題と言えば、『眼鏡をかけていて太った人』『一番体臭の強い教員』『使用済み1dayコンタクト』『白濁した液体』etc……。

 最後の奴に関しては完全にアウトな気もするが、まぁ要するにそういう事だ。

 観衆へのお題の公開が困難なモノから汚物まで、様々なジャンルに渡った借りたくないものを強制的に運んでゴールしなければならない。


 さらに、去年は史上最悪な『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)』なんていう、運び方の指定までしてくるド畜生なお題も見られた。

 前例ができた以上、今年も同様のタイプが見られるかもしれない。


 と、長い説明はここまでにしておいて。


 観客席から見るのは初めてだが、なかなかの壮観である。

 今は二年生の競争が終わり、三年生の番が始まった。


 緊張の面持ちで駆け抜ける生徒、笑いながら全力で楽しむ生徒。

 選手は様々だが、対して応援テントは皆一体となって盛り上がっている。

 他人事な奴らはいつでも暢気なものだ。


 と、選手らが用紙を獲得して、お題を借りに走り出す中、一人の女子生徒がお題用紙を片手に立ち尽くす。

 ショートボブな髪はさらさらと流れ、整った顔の印象的な美人だ。

 他でもない俺の彼女、笹山先輩である。


 先輩はお題用紙を見てしばらく固まった後、意を決したように走り始めた。

 彼女の目指す方角にあるのは、俺達二年生の応援テントである。

 まさかな、とは思った。

 しかし、運命というものは上手くできている。



「おい、あの人こっち来るぞ!」

「なになに、何引いたんだあの人!」

「あの人、バスケ部の元マネージャーの笹山綾乃先輩じゃない!?」


 まるでデジャブ。

 どこかで見たような光景だ。

 先輩が近づくほどに比例して、歓声はどんどんと大きくなる。

 彼女はそんな野次馬たちの花道を通って、一人の男子生徒の前に辿り着いた。


「笹山さん……」

「涼太、お願い」


 笹山綾乃。

 一学年上の先輩であり、数か月前まで同じバスケ部でマネージャーとしてお世話してくれていた女子は、俺に向かって両手を合わせる。


「一緒に来て」


『うおおおおお!』とテント内が盛り上がった。

 俺は困惑して尋ねる。


「何引いたんですか?」

「言えない」

「……悪口ですか?」

「いや、違うよ」


 気まずそうに視線を逸らす笹山先輩。

 本当にシチュエーションから会話の一言一句に至るまで、あの時の再現である。

 と、押し黙っていた先輩は首を振って、真面目な顔になった。


「ちょっとごめん」

「うお、急にそんな……」


 笹山先輩は俺の左手を恋人つなぎで握ると、グラウンドに視線をずらす。

 未だにゴールした選手はいないようだ。


「……お題の指示っすか?」

「……うん」


 つくづく俺達は呪われているらしい。

 いや、ここまで来たらむしろ祝われているのかもしれない。

 借り物競争の神に愛されているのだ。


「行くよ」

「はい」


 俺達はそのままの状態でトラックを駆け抜けた。

 現役バスケ部の俺と、体力仕事をつい最近までこなしていた先輩。

 俺達が走れば、それはもう他の敵など寄せ付けない。


 恋人つなぎをしたまま、颯爽と走る俺達に、会場からは割れんばかりの歓声が聞こえた。

 そんな中、先輩と俺はゴールテープを切る。

 堂々の一位だ。


 しかし、ゴールする瞬間、ちらっと先輩の左手に握られたお題用紙が見えてしまった。


「あの」

「はぁ、はぁ……なに?」


 息を切らす先輩に、俺は申し訳なくなりながら申告した。


「お題用紙見えちゃいました」

「……うそ」


 彼女は声を漏らすと、しゃがみ込む。

 見下ろした笹山先輩の顔色は、それはもう見事なまでの赤だった。



 ‐‐‐



 体育祭が終わった後、バスケ部の俺は仕事を割り振られていたため、一人体育倉庫にいた。

 使い終わった走高跳のバーや、巻き終えた綱引き用の綱など、雑に収納されていたそれらを片付けなおしていく。


 ちなみに、かなりの仕事量があるがここの持ち場は俺一人だ。

 元々同じ配置だった佐原は今、彼女とどこかをほっつき歩いている。

 他の部員はそれぞれ別の持ち場を担当して仕事中だ。

 ちなみにこの体育倉庫はもう一人、今年入部した後輩マネージャーも配属されていたはずだが、姿が見えない。


 なんて噂をしていると。

 隣で俺が片付けたばかりの綱を動かす音が聞こえる。


「おい、それはさっき俺が片付けたから――」

「だからなにかな?」


 振り返ると、そこにいたのは後輩マネージャーではなかった。

 世にも恐ろしいOGマネージャーであった。

 俺の付き合っている彼女でもある笹山先輩は、ため息を吐く。


「この綱の収納場所はここじゃないでしょ。あっちの棚」

「……」

「ほら、早く仕事しなよ」

「……はい」


 勝手知ったるなんとやら、俺がここ数十分かけてこなした仕事をぶつぶつ言いながらやり直していく彼女。

 所要時間三分と言ったところか。

 すぐに終えてしまった。


「ほんと涼太は仕事遅い」

「元々三人で片付ける持ち場なので許してください」

「去年も一昨年も私は一人でやりましたー」


 そう言われると何も言い返せない。

 俺は話を変えるべく試みる。


「終礼とかは?」

「抜け出してきた」

「随分ヤンチャになったんですね。やっぱり留年して俺と卒業したいんですか?」

「ふざけたこと言わないで。……ただ、言いたいことがあったから来ただけ」


 言いたいこと。

 そんなの言われなくともわかる。

 俺が先ほど覗いてしまった彼女のお題だ。


「涼太、その、あのお題は……」

「その話は良いです」

「え」

「まぁ冷静に考えたら、それだけ愛されてる証拠ですし」

「……」

「付き合ってるんです。あのお題が出て俺を選んでくれなかったら逆に泣いてましたよ。それに、笹山さんの性癖もだいぶ把握したつもりです」

「……そうだろうね」


 薄暗い倉庫の中で、笹山先輩は笑みをこぼす。

 やはり今年も先輩の笑顔は輝いて見えるし、めちゃくちゃ可愛い。

 付き合って今日で丸一年経つわけだが、飽きるどころかどんどん深みにはまっている気がする。

 誰だ、美人は三日で飽きるなんて言った奴は。

 エアプにもほどがあるぞ。


「また変な噂になっちゃったらごめん」

「心配いりません。敵ができればまた倒せばいいだけです」

「……ありがと」

「言いたかったのは、それだけですか?」

「うん」


 可愛い。

 わざわざあの借り物競争で、再び俺がいじめ紛いな目に遭わないかを心配してくれたのだ。

 仕事も終わり、手持無沙汰になった彼女は体育倉庫から帰ろうとする。

 だから、俺はその手を掴んだ。


「俺は笹山さんが望むならそういうことをしたっていいんですからね」

「……なんか馬鹿にしてる? それにいつどこでやる気なの」

「勿論ここで今すぐに」

「それは涼太の願望でしょ」


 顔を仰ぎ、熱を発散させながら笹山先輩は睨んでくる。


「そういうのは放課後ね」

「今日のですか?」

「だーめ。まずは部活! 君たちの代初めての公式戦が一か月後にあるんだから、それまではお預けです」

「焦らしプレイまで趣味に加わったんですか?」

「もう知らない」


 プイッと顔を背ける先輩。

 遅れて靡く短めの髪がまた可愛い。


「大好きですよ」

「私も好きだよ」


 お互いに言いながら、恥ずかしくなって吹き出した。



 ◇



 その日、体育倉庫で俺達が密会をしていたという噂が流れた。


 彼女のお題用紙に書かれていた文言。

 曰く、『一番甘やかしたい男の子(恋人つなぎで笑)』


 これは、借り物競争でくっついた後輩と、先輩マネージャーの話。





 ◆◆◆





あとがき


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 沢山の応援のおかげで、かなり励まされ、無事エピローグを迎えることができました。

 一旦本作はここで完結させていただきます。

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借り物競走で部活の先輩マネージャーをお姫様抱っこした俺の末路 瓜嶋 海 @uriumi

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