第30話
なんだかんだで新人戦を迎えた。
大仕事を乗り越え、気持ちよく試合に行った俺だが。
勿論試合に出場することはなかった。
一秒すらコートには立っていない。
練習試合と違ってガチな雰囲気なため、お情けで出場させてもらうこともなかった。
フルタイムでマネージャー業務を淡々とこなす俺に、笹山先輩は優しく話しかけてくれた。
まぁそんなもんだ。
……別に悲しくなんかない。
試合に関して全く触れないのもあれなので、一応概要を説明しておくと。
とりあえず初戦敗退ではなかった。
先週の合宿の成果か、脳筋ゴリラを始めとしたスターティングメンバーの皆さんが大いに活躍し、県ベスト8に進出。
準々決勝でダブルスコア敗退となるが、まぁ上出来だろう。
ちなみに佐原は凄まじい活躍を見せていた。
今大会のMVPは間違いなく奴だ。
その理由は単純で。
偶々同じ会場だった、うちの高校の女子バスケ部が応援してくれていたのだ。
そこには当然伊藤の姿も。
彼女に良いところを見せようと、本気の佐原は覚醒したのである。
……その間俺も、彼女である笹山先輩に良いところを見せようと、氷嚢の氷替えやスクイズボトルの補充などをテキパキとこなしていました。はい。
そして今は、試合を終えて高校の体育館に戻っている。
反省会という奴だ。
それも、もう終わりを迎えようとしている。
「よし、次の大会はしばらく先だから、もう一度チームを立て直していくぞ」
「「うぃーっす」」
キャプテンの締めの言葉に、いつも通り気の抜けた返事をする部員。
うちのバスケ部は基本的にみんなやる気がない。
勝利に固執している者もいない。
顧問もロクにいないため、試合中に選手の入れ替えや戦術を提案するのも全てキャプテンの仕事だ。
そんな状態で、本気で取り組むやつなど逆に珍しい。
と、そこで佐原が手をあげた。
「なんだ佐原」
「えーっと、試合は関係ないんすけど」
彼は難しい顔をして口を開く。
「川崎先輩が部活辞めたらしいっす」
「え」
誰が漏らした声かわからない。
俺か、他の部員か、あるいは両方か。
誰ともなく出た声に佐原が答える。
「日葵からメッセージが来てて、今日いきなり辞めたらしいです」
「なんで?」
思わず聞いてしまった俺に、佐原は肩をすくめた。
「さぁな。まぁ恐らく、時期的にも先日の騒動が原因なんだと思うぜ」
一昨日の件か。
俺のスピーチや笹山先輩とのいざこざなど、色々あったからな。
辞める理由としては十分に納得できる。
「部活内でいじめにあったのか?」
一応聞いてみた。
結局いじめが始まってしまっては、せっかく笹山先輩が事を穏便に済ませた意味がなくなってしまう。
しかし、佐原は首を振った。
「いや、日葵曰くそういうのじゃないらしい。単に本人が嫌になっただけだろ。プライド高そうな人だし」
確かにプライドは高そうだ。
自分に価値があると思っているだろうし、実際その通りでもある。
笹山先輩という理論値的な美人と付き合っているために何も思わなかったけれど、よく見れば川﨑先輩も充分に可愛い部類だろう。
性格があまりに残念なのがアレだが。
何はともあれ、いじめが始まったわけじゃないなら良い。
「とりあえずご近所部活の事だし、オレ達全員が無関係とも言い難いから、この場を借りて言いました」
「おう」
正確に、何が原因で部活を辞めたのかは本人に聞いてないからわからないが、こういう解釈はどうだろう。
例えば、彼女なりのけじめ、とか。
今回の件からは完全に手を引くし、仕返しもしません、という意思表示かもしれない。
笹山先輩と最後に話したとき、あの人はスッキリしたような顔をしていた。
俺としては金輪際、二度と悪意ある絡みをしてこないことを願うばかりだ。
「私、結構きつい事言っちゃったからね」
「笹山さんは何も悪くないですよ」
「そう? 君は優しいね」
「笹山さんには負けますよ」
あれだけの事をされて、仕返しをしようとしない笹山さんに優しいと言われても、ピンとこない。
最後に川崎先輩に向かって、私も嫌いと堂々と言い放っていたが、それも当たり前だと思う。
あの状況で友達で居続けるなんて、ドMか何かだろう。
いや、元から友達ではなかったのだろうが。
「よし、とりあえずこの場は終わろう。みんなお疲れ様だ」
「「おつかれっしたー」」
口々に別れを済ませて、バラバラに退散する。
基本的に試合に出場した奴がほとんどなため、みな足取りが重い。
少し羨ましいくらいだ。
「涼太」
「はい」
体育館から出ていく部員の後ろ姿を眺めていると、声を掛けられる。
振り返ると、笹山先輩が使ったままのジャグやスクイズボトルを抱えて立っていた。
「ごめん、遅くなりそうだから先帰ってて」
「何言ってるんですか。一緒にやります」
「別に手伝ってくれなくても」
「いや、俺の仕事でもあるので手伝いじゃないです」
「なにその、家事をやってくれる夫の模範解答みたいな言い方」
呆れたように笑いを漏らす先輩。
「君は一応選手なの」
「今日はマネージャーです」
「……ほんと、頑張ってよ」
消灯されたせいで暗い道を歩きながら、俺達は手洗い場に向かった。
重たい洗い物は俺が運び、先輩にはスポンジと洗剤だけ持たせている。
手洗い場に着き、水を流していると笹山先輩は溜息を吐いた。
「私の彼氏はいつからマネージャーになったのかなぁ」
「実は初めからマネージャーだったのかも」
「ふざけないで上達しなさい」
「……すみません」
あまり笑い事ではない。
彼女が在部出来るのは、来年の夏まで。
うちの高校は強豪校ではないため、冬季のウインターカップまで先輩が居座るようなことはないのである。
早く上達し、笹山先輩の前で活躍を見せなければ。
「色々終わったね」
「そうですね。大会も、学校の嫌な雰囲気も、そして俺の今後の平和な高校生活も」
「最後のは自業自得でしょ」
思い出したのか、笹山先輩は顔を赤く染める。
「全校生徒の前で、笹山さんの事が大好きだって宣言しましたからね」
「ついでに甘えたい!って叫んでたし」
「全部聞こえてるの、なんか恥ずかしいですね」
「聞いてたこっちも恥ずかしいのー」
二人で仕事をこなしながら、他愛もなく会話をした。
周りに人はいない。
佐原も脳筋ゴリラも他の部員も。
皆空気を呼んでくれたのか、はたまた疲れ果てて早々に校外へ出て行ったのかは知らないが、今は俺達以外に人気は皆無だ。
こんな時間がいつまでも続けばいいな。
水圧で弾け飛ぶ洗剤の泡を見ながら、ぼーっとそんな事を思った。
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