第29話

 激励会終了後、俺は部室で制服に着替えてから教室に戻る。

 一応男子バスケ部の発表がトリだったこともあり、あれから体育館に戻るとすぐに会はお開きとなった。


 さて、果たしてどうなっただろうか。

 あれだけ好き勝手喋った直後だ。

 クラスの俺に対する扱いはどう変化したかな。

 少しはマシになるか、それとも悪化したか。


 ビビっていても仕方ない。

 ええいままよという事で、全員帰ってきているだろう教室のドアを開け放つ。

 担任教師はまだいないが、生徒は全員席について話していた。

 そして、全員の視線が俺に向く。

 皆私語をやめて、凝視だ。


 さぁ、どうだ……?


 不安に押し潰されそうになりながら、クラスメイトらと視線を交差させる。

 沈黙を破るように伊藤が口を開いた。


「告白ナイスー!」


 するとそれを皮切りに、あちこちから声が上がる。


「よく言い切った!」

「キモいけど面白かったよ!」

「やっぱ甘えん坊には変わりねーけどな」

「度胸あるよ、お前」


 これは、好転と言っていいだろうか。

 少なくとも冷ややかな視線、棘のある視線はない。


 以前の状況は打破できたのである。

 自分の席に着くと、周囲の席の奴から拍手された。


「滝沢、やっぱキモいけど笹山先輩への愛は十分に感じられたよ」

「一言余計だな」

「滝沢君、まだ気持ち悪いけどさっきの告白はかっこよかった」

「だから一言余計なんだよ」


 相変わらずキモいという認知からは避けられなかった。

 まぁいい。

 あの昨日までの凍えるような空気が変わっただけで充分だ。




 ‐‐‐




「今から部活でしょ、一緒に体育館行こうよ」


 終礼の後、若干熱気に包まれたクラスで俺に話しかけてくるのは伊藤だ。

 ニヤニヤとした笑みを顔に張り付けている。


「お前の彼氏は俺じゃないぞ」

「だからそういうのがキモいんだって」

「すみません」


 単純にこの冗談はキモいらしい。

 テンション関係なく、受け付けないようだ。

 今後はやめよう。


「いやー、ちょっと思ったのと違ったけど面白かった」

「思ったのと違った?」

「そそ。だって私はてっきりあの人の事も言うのかと思ってたから」


 あの人。

 言うまでもなく川崎先輩の事だ。

 人が周りにいることも考え、気を遣ってくれている。


「まぁ、そっちも一応決着はついたし」

「あ、そう言えばあの人さっきいなかったんだよね。会ってたの?」

「そんなところだ」

「へー。追及はしないでおくよ」

「あぁ」


 別に口止めされてはいないが、進んで他言するような事でもない。

 川﨑先輩に義理があるわけでもないが、あれは済んだ話だ。

 もう掘り返すことはしない。

 笹山先輩が見事に撃退した。それで終了。


「みんな笑ってたよ。あんたがいない間、その話で持ち切り」

「へぇ、それはよかった」

「笑いものだね、おめでとう」

「棘を感じるな」


 まるで人気者みたいに言いやがって。

 もう少し言い方というものがあるだろう。

 正直、笑いものという表現が一番がしっくりくる状況なのが悔しいところだが。


 そんな事を考えながらダラダラ話していると、足音が近づいてくる。

 振り返ると、佐原がいた。


「おぉ、佐原じゃん」


 手を挙げる俺に、佐原は訝しげな顔をしてくる。


「随分と顔色が良いな」

「そりゃな」


 とりあえず自分のクラスの事しか知らないが、わかっている範囲では成功だからな。

 廊下を歩いている今も奇異の目は向けられるものの、悪口は聞こえない。

 失笑が漏れている程度だ。


「上手くいったのか」

「おう」

「そりゃ良かった」


 佐原は表情を緩ませる。


「オレのクラスもみんな笑ってたぜ」

「大成功ってわけだ」

「おう。涼太の男らしい告白にみんな泣いてたし」

「泣くほど笑ってたのか」

「よくわかったな」


 実際は、普通に考えたら現状も過ごしやすいとは言い難い。

 周囲の視線は依然として集めてしまっているし、クスクスと笑い声も聞こえる。

 学校中のおもちゃみたいなものだ。


 だがしかし、これでいい。

 男子諸君からの嫉妬攻撃を受けながら生活する地獄を数週間味わった俺には、居心地よささえ感じる。

 Mっ気に目覚めたわけではないと思うが、そう思えるのだ。


「まぁあれだな。みんなの根にあったのは、甘えん坊な俺がキモいってのと、どこぞの誰かの言い出した借り物ってキーワードなんだろう」


 しみじみ言うと、佐原も頷く。


「そうだな。だから今回お前が正直に甘えん坊な面を曝け出した事、本気で笹山さんと付き合ってることをぶちまけたおかげで、ヘイト管理はバッチリ完了したわけだ」


 おかげで俺の高校生活は晴れて、本格的にハードモードに突入したわけだがな。

 時の経過による自然消滅ではなく、大々的に取り上げてさらに燃やすという荒療治を行ったのだ。

 しばらく――いや、高校生活が終わるまで、このネタは引きずられるだろう。


 幸いなのは俺には百人力な味方がいることだ。

 どんな困難だって、笹山先輩と二人なら乗り越えられる。


 と、そんな事を考えていると伊藤がボソッと零した。


「でも、もしこれで綾乃先輩に振られたら、滝沢はこれからマジの地獄だね」

「……!?」


 振られる、だと……?

 冷静に考えたら、そういう未来もあり得る。

 うわ、寒気がしてきたぞ。


「おい日葵! そういう事は言うなよ」

「あ、ごめん」

「……」


 謝られても、もう遅い。

 ちょっと想像しただけで泣きそうになってきた。

 思えば俺と先輩は付き合い始めて一か月ほどしか経っていない。

 色々あり過ぎたために錯覚しそうになるが、付き合いたてホヤホヤと言っても過言じゃないレベルなのだ。

 別れるなんて、非現実過ぎて吐き気がしてきた。


「まぁなんにせよ、おめでとう」

「あぁ」


 強引に話題を変える佐原。

 やはりこういう面は流石である。

 俺は佐原と伊藤に、改めて頭を下げた。


「マジで今まで助かった。二人とも、笹山さんとの初デートのアドバイスとか、学校中から腫れ物扱いされてる時に仲良くしてくれたりとか、今回の件も本当に支えになったよ」


 突然の感謝に、意表をつかれたように瞬きをしまくる伊藤。

 気恥ずかしそうに頰をかく佐原。


「なんでそんな最終回みたいな感じ出してんだよ」

「いや、なんとなく……」

「え、本当に振られるよ? マジで変なフラグ立てない方が良いって」

「……」


 やはり、アレだな。

 親友に改まった態度をとっても、良いことなんてない。


 不吉な事ばかり言われるため、俺はその場から逃げるように部活へ向かった。

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