第23話

 さて、犯人が分かった。

 ならば次にやることは一つしかない。


「おい、どこ行くんだ」


 椅子から立ち上がる俺に佐原が声をかけてきた。


「どこって、川崎先輩のところに決まってるだろ」

「馬鹿、何しに行く気だ?」

「話をつけに行くんだよ」

「馬鹿かお前は」


 腕を掴まれて止められる。

 振り払おうにも、かなりの力が込められていて無理だ。

 くそ、何でこんなに筋肉が付いてるんだこいつは。

 あと他人の事を馬鹿馬鹿言い過ぎなんだよ馬鹿。


「元々そういう話だっただろ」

「そうだけどよ……話をつけるって何する気だ?」

「そりゃまずは本人の口から犯人である証拠を吐かせる」

「その後は?」

「……文句を言う」

「馬鹿かよ」


 冷静に、自分でも少し馬鹿だなと思った。

 頭に血が上っていたらしい。

 椅子に座り直すと、佐原が手を緩める。

 若干掴まれていた右腕が痺れている。


「じゃあどうしろって言うんだ」

「……」


 聞いても、佐原は答えない。

 特に策はないようだ。

 伊藤も同様である。


「とりあえず今行くのはお勧めしないぞ」

「……理由は?」

「まず根本的解決にならない。場合によっては悪化する。さっきも言ったが憂さ晴らしって言葉通り、涼太が一時的にスッキリするだけだからな」

「……」

「笹山さんと川崎先輩の仲も悪化するだろうな。それに、お前にバラしたのが日葵って知られて、こっちがいじめの的になったら困る」

「俺が標的なのはいいのか」

「そうは言ってねーだろ。被害を拡大したくないだけだ」


 わかっている。

 言われなくても、意図は理解できる。

 今のは俺が悪い。


「悪い」

「おう」

「でも、さっきは憂さ晴らしに反対しなかっただろ」

「あれは相手が分からなかったからだ。よりにもよって川崎先輩だぞ? お前だってあの人のヤバさはわかってんだろ?」


 勿論よくわかっている。

 正直あの人の行動にはかなり悩まされた。

 昨日の件も、まだ消化しきれていない。


「……まぁ百歩譲ってなんらかをやり返す事自体は反対しねーよ」

「佐原?」

「勘違いすんなよ。今から川崎先輩に文句言いに行くのを勧めてるわけじゃねーから」


 ツンデレちゃんだろうか。

 急にありがちな構文を使う佐原に面食らうが、奴はそんな俺に苦笑してみせた。


「日葵は涼太のやり返しが見たそうだし」

「あ、バレた?」


 言われて、伊藤は悪びれもせずに肩をすくめる。


「正直、川崎先輩相手に滝沢がどうやり返すのか見てみたいんだよね」

「面白がってんのか?」

「最初からそう言ってるでしょ」


 言われてみればそうか。

 この女は前から、面白そうという理由ただ一つで行動をしていた。


「ただ、仕返しをするにしても、モノには順序ってもんがある」

「おぉ」


 久々にアドバイザーモードの佐原が登場した。

 彼はごほんと咳払いをして、続ける。


「どうせやり返すなら、徹底的にな」

「徹底的?」

「仕返しの仕返しを喰らわないように、息の根を完全に止める必要がある」

「物騒だな」

「モノの例えだぜ」


 そこで、と佐原は言葉を置いた。


「直接行動に移すのはあれだが、具体的にどうしたいか考えるくらいは問題ないと思うぜ」

「どうしたい……?」

「例えば、川崎先輩をぶん殴りたいとか」

「さっきから物騒だな」


 どれだけ物理的攻撃手段が好きだと思われているのだろうか。

 俺は平和主義者だぞ。

 人聞きが悪過ぎる。


 しかし、どうしたい、か。

 ちょっと考えてみる。


「……全校生徒に、お題をバラした本人が川崎先輩である事をバラしたいかな」


 出てきたのはそんな言葉だった。


「そりゃなんで?」

「……それをバラしたら、言わばいじめを始めた人間ってレッテルがあの人につくわけだろ? それだけで学校に居づらくなるだろうし」

「おお、結構えげつねーな」


 それくらいの報復は当然な気がする。

 あそこまで好き勝手他人で遊んでおいて、無傷で返すのはな。

 俺だけならまだしも、川崎先輩の攻撃の主な標的は笹山先輩な気がする。

 看過する事などできるわけがない。


「どうやってバラすの?」

「……」


 具体的な方法を聞かれても、今はなんの案もない。

 佐原も苦笑いだ。


「とりあえず今はやりたいことを考えてるだけだ。具体性とかはあとでいい」

「へぇ」


 伊藤は納得したように頷く。

 そして立ち上がった。


「じゃ、私はこの辺で」

「あれ、もうどっか行くのか?」

「そもそも滝沢にお題書き係の犯人を伝えに来ただけだから」

「佐原に用はないのか?」

「別に。いつでも話せるし」


 そんなものなのだろうか。

 佐原を見ると、こっちも手を振って別れを告げている。

 あっさりしたものだ。


 伊藤がいなくなった所で、佐原は大きく息を吐く。


「とんでもねー事になったぜ」

「お前の彼女なかなかやるな」

「日葵は結構さっぱりしてるからな。普通は女子グループのリーダーの敵側につこうとはしないぞ。仮にバラしたくても、後の事を考えて保身に走るってもんだ」

「面白ければなんでもいいのかな」

「さぁな。よくわかんねー」


 彼女の思考回路が掴めてないようだ。

 これは今後、困る展開になりそうだな。

 もっとも、俺が言える事ではないが。


「正直、オレもお前と同じで今すぐにでも憂さ晴らしに突撃する気満々だったんだけどな」

「相手が悪いか」

「流石にヘビーだぜ。まぁ犯人が川崎先輩って聞いて、そこまで驚かなかったけどな」

「同感だ」


 それだけおかしな言動が多い人間という事である。


「で、どうするよ。とりあえず笹山さんに伝えに行くか?」

「それこそやめた方がいいだろ。上の階には笹山さんの他に川崎先輩もいるんだ。当然他の女バスだっている。俺が犯人について知ってる事が割れたら、色々とやばいだろ。俺は接点ないけど笹山さんは違う。同じクラスとか学年に敵を作る事になるわけだからな」

「ほぉ……」


 感嘆の声を漏らす佐原。

 小さく拍手をされた。


「馬鹿にしてんのか」

「ちげーよ。いっつもアホなお前が結構考えてんだなって」

「笹山さんに被害が及ぶのは嫌だからな」

「はいはい。彼女が大ちゅきなんでちゅね」

「黙れ」


 何が悪い。

 さっきは頭に血が上ってアホみたいな事をしようとしたが、基本的に優先度が高いのは笹山先輩の安全だ。

 不用意な行動を起こすのは厳禁である。


 ただ、今問題になっている川崎先輩は、その笹山先輩に牙を剥いているのだが。


「どうしよう」

「それこそ前にもこんな話をしたが、ここから先は愛しの彼女と相談するんだな」

「そうだな……」


 とりあえず放課後か。

 今日は笹山先輩と話したい事が、山ほどある。

 もうそろそろ、男を見せなければならない。


 決着はそう遠くない時期に済ませる。

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