第22話

「……お題書いた人、わかったよ」


 突然の伊藤の言葉に、俺は息をのむ。

 佐原も目を真ん丸に開いていた。

 狙いすましたかのようなタイミングでの告白に言葉が出ない。

 と、黙っている俺たちに伊藤はジト目を向けた。


「何? 知りたいんじゃなかったの?」

「いや、そうだけど」

「犯人が誰か聞かなくていいの?」

「聞くよ。誰が書いたんだ?」


 尋ねると、伊藤は深呼吸する。

 そして声を潜めて言った。


「川崎先輩」

「……」


 まぁ、あれだ。

 正直一番しっくりくる名前だった。


「何、驚かないの?」

「……正直、納得っていうか」

「ふぅん」


 思い返せば不自然なことがあった。

 あれは彼女と二人で下校した際の事。

 あの人は、俺に与えられたお題が『一番甘えたい』だと言っていた。

 佐原も、奴に来ていたメッセージも、伊藤も、全員『一番甘えたい』と勘違いしていたのに、だ。


 あの日は特に何も思わなかったが、川崎先輩だけ正確にお題を知っていたのは不自然な気がする。

 いや、こじつけだろうか。

 まぁいい。


「どこで知ったんだ? その情報は正確なのか?」


 聞くと伊藤は頷く。


「ほぼ確定で黒だね。本人に聞いたわけじゃないけど、あの人のスマホに画像が残ってたから」


 そう言って、自分のスマホ画面を見せてきた。

 そこには、スマホの画面をさらにスマホで写した画像がたくさんある。

 今年使用された、数々の借り物競争のお題が写っていた。


『八倍希釈の塩酸』、『一番気持ち悪い男性教員』、『友達』etc……。

 どこかで聞いたような文字が小さな用紙に、すべて同じ筆跡で書かれている。

 そしてもちろん、あの忌まわしき『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)』の文字もあった。


「これ、どうやって……」

「私、ホテルの部屋が川崎先輩と一緒だったから」

「え、でも……」


 俺は、伊藤と佐原が同部屋で遊んでいたのを知っている。

 同時刻に川崎先輩が違う部屋に入っていくのも確認した。


 え、どういうことだ。

 状況を掴めずにいる俺に、今度は佐原が頬をポロポリ搔きながら答える。


「川崎先輩が、気を遣って部屋から出てくれてたんだよ」

「そうなのか」

「元々、伊藤と川崎先輩は同部屋だったんだぜ」


 その言葉を聞いて、俺は伊藤に向き直った。


「お前、川崎先輩と仲良かったっけ?」

「……くじ引きだよ」

「なるほど」


 人間の醜い所を包む、素晴らしいルールが適用されていたらしい。

 ただ、今はそんな事より大事なことがある。


「いつ撮ったんだ?」

「あの人が部屋のトイレに行った時。まだ肝試しに行ってもない時間だったね」

「なんでそんな大胆なことを」

「丁度良いタイミングで先輩のスマホにメッセージが来てね。チラッと見えちゃったんだけど、その内容に『滝沢君のお題って、あれマジな話?』って書いてて、嫌な予感がしたのよ。ほら、その内容じゃ、まるで川崎先輩が第三者にお題の事をバラしてるみたいだったから」

「……」


 確かにそうだ。

 だがしかし、俺ならそれだけで先輩のスマホを盗撮しようという気にはならない。

 と、そこで伊藤が息をつく。

 そして苦笑いした。


「まぁ正直、それだけじゃないけど」

「……そうなのか?」

「まぁね」

「……教えてくれないのか?」

「いいけど、絶対言いふらしちゃダメだから」

「あぁ、約束するよ」


 伊藤は辺りを見回す。

 空気を呼んだように佐原は耳を覆って、机に突っ伏した。

 彼女は口を開く。


「……川崎先輩、綾乃先輩の事嫌いだから」

「……」


 今までの色々な出来事が、全て繋がった気がした。

 もういいよと、佐原を起こす伊藤を見ながら呟く。


「……嫌がらせってやつか」

「だろうね。一応まだ他にも、私なりに証拠は集めてるんだよ。滝沢はそもそもどこからお題漏れしたか知ってる?」

「いや……ある日学校に来たら急に居場所がなくなってたからな。出どころは知らない」

「はは、そうだったね。実はお題漏れも女バスからなんだよ」

「マジで言ってんのか?」


 身近なところが発端だったことを知り、冷や汗をかいた。


「私もあの日の部活の朝練で、先輩達が話してたのを聞いてお題の内容を知ったからね」


 そう言えば、あの日は伊藤の登校が遅かったな。

 なるほど、バスケの練習をしていたのか。


「川崎先輩のスマホを見てから、部員とか、クラスの女子に聞いて回ったの。『誰から滝沢のお題を聞いたのか』って。部活の方はみんななかなか話してくれなかったけど、粘ったら話してくれたよ」

「それで……?」

「元を辿れば情報源はみんな川崎先輩だったね」


 全校へバレたのは女子バスケ部から。

 女子バスケ部に漏らしたのは川崎先輩。

 そしてあの証拠画像。

 言い逃れの余地はあるまい。

 俺がここ一か月で探し求めた悪魔のごときお題書きの犯人は、川崎先輩だったのである。


「だからごめん。本当は日曜には教えてあげたかったんだけど、ちょっと遅れた」

「いや、いいんだ」


 伊藤が謝ることなど一つもない。

 ここまで教えてくれて、感謝してもしきれないくらいだ。


「ていうか、よく川崎先輩のスマホを開けたな。暗証番号とかあるだろうに」

「あぁ、それならあの人がスマホを開いてるとこを何回か見てて、番号覚えてたから」

「……マジかよ」

「そんなに引かないで。別に覚えようと思ってたわけじゃないよ、たまたま」


 なんとなくわからなくもない。

 無意識に見た数字の並びほど、意外と記憶に残るモノだからな。


 にしても、川崎先輩については知れば知るだけ恐ろしい。

 恐らく、俺にちょっかいをかけてきていたのは、笹山先輩と俺の仲を壊すのが目的だったのだろう。

 笹山先輩の事が嫌いと聞いて、今までの奇行に説明がつく。


 思えば川崎先輩が絡んでくるようになったのは付き合い始めてからだ。

 昨日の、笹山先輩じゃなくてあたしと付き合おうよという旨の発言も、何もかもが嫌がらせだったのである。


 そう言えばストーキングされた日に、笹山先輩が入学当初からモテていた、という話をされた。

 あの時の川崎先輩は少し声音が暗かったが、嫉妬だったのだろうか。

 先程男の嫉妬は醜いと言ったが、女の嫉妬も大したものである。


「伊藤は大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、俺達に川崎先輩を売ったわけだろ? あの人が相手だし、えげつない仕返しとかされるかもしれない」


 流石の川崎先輩も、いじめの起点を作った本人だと拡散されれば困るだろう。

 いじめと言えるかは微妙だが、明らかに笹山先輩とは確執ができ、仲の悪さが浮き彫りになるはずだ。

 笹山先輩には、今回の件でよくわかった通りファンが多い。

 彼女を敵に回すのもまた、面倒になる。

 それは川崎先輩も理解しているだろう。


 心配になって尋ねると、伊藤は笑う。

 そしてカラッとした笑みで軽く言った。


「前にも言った通り、私は面白ければ別になんでも良いんだよ」

「そんなもんか?」

「そんなもん。それに、頼りになる彼氏もいるし」


 急に話題にあげられた佐原が、目をぱちくりさせた。


「流石に川崎先輩を敵に回すのは、オレも嫌なんだけどなぁ……」


 随分と自信なさげだ。

 こいつも前から川崎先輩の事は苦手そうだったしな。

 仕方あるまい。


「ってか川崎先輩も案外詰めが甘いんだな。犯行証拠を残したスマホを放置だなんて意外だぜ」


 佐原の呟きに、伊藤がうーんと唸る。


「バレたところで大事にはならないと思ってるからじゃない? ほら、私が川崎先輩を売る可能性も予想してなかっただろうし」

「まぁ、誰もがあの人を敵に回そうとはしないだろうからな。日葵がおかしいだけだな」

「ねー、なんでそういう事言うの?」

「だってそうじゃねーか」


 段々とイチャつき始めるリア充ども。

 先程から佐原が伊藤を『日葵』と下の名前で呼んでいるのも違和感だ。

 よくもこんな状況で和気藹々できる。

 他人事だと思いやがって。


 しかし、話を戻そう。


 お題書きの犯人が決まったとなれば、次にやる事は一つだ。

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