第21話
遠征合宿も終わり、また日常が始まる。
季節はもうすっかり秋になり、衣替えも行われた。
吹き付ける風が冷たい、そんな時期だ。
クラスでは席替えが行われて、隣の席だった伊藤は離れてしまった。
今は話した事もない真面目系女子の隣である。
幸いな事と言えば、教室の最後尾の席を陣取れている事だが、逆に話し相手もいない状況でこれは辛い。
四限の数学が終わり、俺は席を立つ。
昼食を持ってきていないため、購買へ行こうと教室を出た。
長い廊下を歩いて、階段を降りる。
「……おい、あいつ」
「……借り物競走の」
「……甘えん坊将軍ってあいつの事かよ」
視線と陰口の総攻撃は未だ収まりを知らない。
俺に聴こえている以上、もはや陰口と言えるのかは怪しいが。
というか、甘えん坊将軍なんて単語、まだ言ってる奴がいるのか。
誰が考えたんだこの野郎。
テレビ○日にお願いして、夜の八時から俺の日常を連続ドラマで放送してやろうか。
主演はもちろんマ〇ケンだ。
と、まぁ冗談はさて置き。
土日で現実逃避をしてきたが、学校の方はそう上手くは収集しないらしい。
購買の行列に並んでいると、後ろの奴の話し声が聞こえる。
「……あーぁ、こんなのでも笹山綾乃と付き合えるのかよ」
「……俺も告白すればよかったわ」
「……ってか、笹山綾乃は借り物として借りたんだろ? さっさと返せよ」
「……そうだよな。レンタル彼女じゃん」
とんでもない言われ様だ。
暴論とはまさにこの事である。
付き合ったのと借り物競走は別の話なんだが、はたから見ればそう見えているのだろうか。
レンタル彼女とはよく言ったものだ。
「……全然反応しねーじゃん」
「……無視してんじゃね?」
「……だっさ。なんか言い返してこいよ」
全部俺に向かって言っているのか。
よくわからないが、無視していると思われるのもアレなので振り返る。
「あ、いや」
後ろにいたのは二年生の学年証を付けた、ひょろ長メガネの二人組だった。
拍子抜けである。
てっきりサッカー部とか、そういう系の奴かと思っていたのだが。
焦った様に小さな声を漏らす片割れに、呆れる。
上級生のくせに情けない。
相手の目を見て言えない事は、口に出すのを控えましょうね。
道徳教育を一から学び直すのをオススメする。
相手をする気も失せたため、前を向き直る。
その後、彼らが陰口を言う事はなかった。
購買で好みのパンをいくつか見繕って、その場を後にする。
が、しかし。
「……おい、あいつ甘えん坊将軍じゃん」
「……笹山綾乃もあんなのと付き合うとかやべーよな」
「……ガチキモいわ」
すれ違う奴らに各々悪口を吐かれた。
さっきのひょろ眼鏡たちとは別の人だ。
人気の少ない階段まで逃げ帰り、一息をつく。
なんだか、前より酷くなっている気がするのだが。
気のせいだろうか。
ちなみに悪口を言ってくる奴のほとんどが男子であることから、なんとなく想像がつく。
要するに、嫉妬という奴だ。
漢の嫉妬は醜いとはよく言ったものである。
女子に何か言われたことはない。
どちらかと言うと憐みの視線を向けられている。
伊藤が問題を重く捉えていなかったのも、女子だからだったのかもしれない。
そして、なんだかんだ直接暴言を吐いてくる奴はいない。
全員聞こえるように悪口を言ってくるだけで、対面して嫉妬をぶちまける勇気はないようだ。
一番迷惑だし、気分が悪い。
直接来るなら、こちらもそれなりの対処をするんだがな。
極力人に会わないように気を付けながら、佐原の教室に入る。
「お、涼太」
「よう」
丁度パンを食べようとしていた佐原が、俺に気づき手をあげた。
応えるように彼の席まで歩き、近くの椅子を借りる。
教室内がざわついたのが分かったが、悪口の類は聞こえない。
なんだかんだ人望の厚い佐原が一緒にいるからだろうか。
どちらにせよ、一応気を緩められる。
「はぁぁ」
「なんだよ、オレの顔見てため息吐きやがって」
「安心したんだよ」
「……まぁなんか、大変そうだな」
「そうなんだよ」
大変なんてレベルじゃない。
人が多いところを歩こうものなら、雨あられと悪口が降り注ぐ。
俺が何したって言うんだ。
ただ借り物競争のお題に従っただけじゃないか。
「なんかあったのか?」
「あぁ」
先程の購買での話を佐原に聞かせる。
すると、一通り聞いた奴は吹き出した。
「レンタル彼女か、確かに」
「どこが確かになんだよ」
「借り物なんだから、返せって言う理屈はおもしれーな。何、上級生に言われたんだって?」
「あぁ、ひょろっとした眼鏡の二人組だったぞ。煽ってきたから振り返ったら、だんまり決め込まれたけど」
「はははっ、涼太は人気者だな」
「人気者なのは俺じゃなくて笹山さんだろ」
「違いねーな」
学校中のあらゆるところにファンがいたのが今回の件で明白になった。
あそこまでモテるのは意味が分からない。
部内やクラス、接点があった人を虜をする魅力があるのはわかるが、見た人すべてを魅了していたのか。
恐るべしだな。
「あんま笑い事じゃないんだよ」
「だけど、どうするって言うんだ?」
「やっぱりお題を書いた奴をあぶり出したいなって」
「馬鹿、それは無理だって話で終わったろ。それに見つけても憂さ晴らしにしかならねーぞ」
「こうなったら憂さ晴らしでも構わない」
「追い詰められてんな」
そりゃそうだ。
日常生活に支障をきたすレベルだからな。
笑って放置というわけにはいかない。
やられっぱなしなのは気に入らないのだ。
「探すなら協力はするぜ。手っ取り早いのは生徒会長から絞り出すことだけど」
「それは却下だ。負の連鎖が終わらない」
「理性は残ってるみたいで安心したぜ」
常識だ。
関係ない人間にまで、自分の憂さ晴らしで迷惑をかけるのは違う。
「じゃあどうするんだ?」
「うーん、自首してくれないかな」
「するわけねーだろ」
馬鹿かよ、と腹を抱えて笑う佐原。
勿論俺もそんな奇跡が起こりえない事など、十分把握している。
しかし、絶対は絶対にないのだ。
かの偉人が残した格言に、俺は一筋の光明を見ている。
なんて話していると。
「あ、滝沢ここにいた」
背後から名前を呼ばれ、振り返る。
そこにはちょっと真面目な顔をした伊藤がいた。
「どうしたんだ、お前の彼氏は俺じゃないぞ」
「当たり前でしょ? キモいこと言わないで」
「おう……」
冗談を言うノリでもないらしい。
珍しい状況だ。
「どうしたんだ?」
優しい声音で尋ねる佐原に、伊藤は一瞬視線を送った後、また俺を見る。
そして。
「今立て込んでる?」
「いや、お題書き係をあぶり出す方法を模索してたところだよ」
「あぁ、ちょうどよかったね」
伊藤はそう言うと、近くの椅子を持ってきて俺と佐原の間に座った。
そしてちょいちょいと、顔を近づけろと要求される。
何事かと俺と佐原が耳を寄せると。
「……お題書いた人、わかったよ」
衝撃の事実を告げられた。
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