第24話
久しぶりの、笹山先輩との二人きりの下校道。
思えば合宿前は先輩が体調を崩していたこともあり、一人で帰ることが多かった。
今日も今日とて先輩は徒歩、俺は自転車を押しながら歩く。
寒くなったこともあり、ハンドルを握る手先が冷える。
隣の先輩も手をポケットに入れていた。
冷え性だし、これからの季節は辛そうだ。
「今日は、話があって」
「随分と畏まってどうしたの?」
「いや、大事な話なんで」
言うと先輩は俺の目を見た。
同時に俺も先輩の目から視線を逸らさない。
澄んだ目だ。
白目にはくすみの一つもなく、全体から潤いが感じられる。
「借り物競争のお題を書いた人が分かったんです」
「……うん」
「誰だか、言ってもいいですか?」
「どうぞ」
促され、俺は一息ついてから口を開いた。
「川崎先輩です」
「……あはは、そうだね」
「あれ、知ってたんすか?」
「まぁ、一応」
これは予想外の展開である。
まさか犯人の正体を知っていたとは。
「いつから知ってたんですか?」
「最近だよ、昨日の合宿からの帰り際」
「誰から……?」
「ふふ、日葵ちゃんだよ」
とことん仕事が早い奴だ。
だが、疑問が生じる。
「なんで笹山さんにだけ? 俺が知ったのは今日の昼休みですよ」
「それは……私が言うのを止めたから」
「え」
衝撃の事実が明かされる。
「どうして?」
尋ねると、先輩は優しい顔で微笑んだ。
そして、ちょっと申し訳なさそうに話した。
「本当は日葵ちゃん、私に教えてくれた流れで君にも言おうとしてたの」
「……」
「でも、私が教えてもらったのは帰りのバスに乗り込むちょっと前でね。男子も女子も離れてはいたけど、どっちもすぐに手が届く距離。そんなところで犯人が川崎ちゃんだって事を伝えられて、それも百パーセント犯人だという確証の無い状態で伝えられて、君はどうする?」
言われて、昼休みの事を思い出す。
なるほど。
「すぐに本人確認を取りに行ったかもです」
「でしょ? 涼太は優しいし、いざという時は頑張っちゃうから、きっと川崎ちゃんのとこに突っ込んじゃうだろうなって思って」
「いざという時に、頑張れてますかね。いっつもヘタレてばっかりだと思いますけど」
「確かに基本的にヘタレなのは認めるけど」
認められてしまった。
みっともない。
しかし、笹山先輩は何がおかしいのか吹き出した。
「君が私に甘えたいってのと同じように、私も君に甘えられてる方が好きなの」
「……急な性癖告白ですか?」
「ちょっと、そういう事言うの!?」
信じられないと、首を振る先輩。
だがすぐに表情を緩めると、続けた。
「だから、別にいつもはヘタレでいいの。ってか、いつも頼りがいがあったら逆に嫌だ」
「なんすかそれ」
「それに、涼太はちゃんといざという時に頑張れる人だよ。マネージャーはいつも見てるんだから」
「……そうですか」
急に褒められてこそばゆい。
久々に照れさせられてしまった。
今日の先輩は手ごわいぞ。
「俺は伊藤から、部員とかクラスの子から情報収集してて遅れたって聞きましたけど」
「そうなんじゃない? 私が聞いた時は部員数人の証言と、スマホの画像があるって情報だけだったから」
別に嘘をついていたわけではないのか。
伊藤にはしばらく頭が上がらないな。
ここまでしてもらっては感謝が尽きない。
せめてもの恩返しとして、極力佐原と伊藤の仲をいい感じになるように立ち回ろう。
笹山さんは言い終えると、疲れたような笑みを漏らした。
そして「あーぁ」と小声を出しながら上を向く。
「私、なんか川崎ちゃんに嫌われるようなことしたかなー」
川崎先輩から嫌われているという情報も入手済みらしい。
しかし、一つ不安要素がある。
これを尋ねるには言葉を選ばなければならない。
「そうなんですか? 嫌われてるんですか?」
「うん、これは別に今回の件が、とかじゃないけど一年生の時から嫌われてる気はしてたよ」
「そうですか」
不安要素はすぐに拭い去れた。
まさか、伊藤が無神経に『川崎先輩は綾乃先輩の事嫌いですよ』なんて伝えたのかと思った。
しかし、今の会話で誰かから伝えられたわけではないことがわかった。
良くはないがひとまず安心だ。
というか、ここまで気の利く立ち回りをしてくれた伊藤が、そんなデリカシーに欠ける事を言うわけないか。
君の事を○○が嫌いって言ってたよー。なんて、めちゃくちゃ傷つくからな。
一生のトラウマものである。
「ふふ」
「どうしたんですか?」
「なんでもなーい」
黙って考え込んでいると急に笑い始めた。
変なタイミングで笑うのはやめてほしい。
こんな会話をしている最中だし、自暴自棄になったのかと思ってしまう。
「あれ、そう言えば佐原も実はこの話知ってたのか?」
ふと気になって声に出す。
すると先輩はどうだろうと首を捻った。
「知らないんじゃない? そもそも日葵ちゃんは涼太よりも先に、そこまで親しくない私に教えてくれたくらいだし、付き合ってるからと言って情報共有しているわけじゃないでしょ」
「そうですか」
「それに、佐原は多分涼太にすぐに教えちゃうからダメでしょ。あいつは君には口が軽いから」
「……」
確かに、あいつから隠しごとをされたことはない。
お題書き係を初めに探したときでさえ、笹山先輩はもちろん、佐原だけは犯人から除外していた。
それだけ信頼していたのである。
やはり男の友情というのは強固なものだなぁとしみじみ思う。
「日葵ちゃんも佐原と付き合ってるくらいだから、そのくらいは把握してるだろうし」
「ラブラブですね」
「下校デートしてる最中の私たちが言う?」
下校デート、か。
前に俺がそんな単語を使ったときは、先輩は照れていたものだが、今となっては真顔で、それも先輩から言うようになってしまった。
もう初心な彼女は見れないのだ。
少し寂しい。
「どうしましょうかね」
話を変えるべくそう口に出す。
「どうするって?」
「やり返しです」
「……」
「ここまで好き放題されて、黙ってはいられません」
「そうだね」
ネチネチと仕返しをする気はない。
根に持つのも気持ち悪いからな。
最近よく見る『ざまぁww』みたいなのがしたいわけではないのだ。
ただ単に、一発ドカンと言わせたいだけである。
……あんま変わらないか。
それに、仕返し云々じゃなくて、最低でも現状はどうにかしたい。
仮に体育祭終了直後の、あの好奇心に晒される生活でも構わない。
とりあえず、今の冷ややかな視線と悪意ある陰口の嵐をどうにかしたいのだ。
って、待てよ。
「すみません、県の新人戦っていつでしたっけ」
「何言ってるの。今週の木曜と金曜でしょ?」
「そうですよね」
県の新人戦が今週末にある。
そして、新人戦前には必ず激励会があるのだ。
全校生徒が体育館に集まり、前に立つ部活生は聴衆に向かってスピーチをする。
……利用できるかもしれない。
俺は別に、いじめさえなくなれば別にいいのだ。
「笹山さん、あのなんですけど……」
思いついた作戦を口に出すと、彼女は久々に顔を赤くした。
「……馬鹿でしょ」
「どうですか? ダメですかね?」
「……いいと思うよ」
とりあえず、先輩からの賛成はもらえた。
後は準備をするだけだ。
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