第17話
「よし、全員揃ったな」
午後九時過ぎ。
二十人の男女がホテルから少し離れた、山道に続く若干開けた場所に集まっている。
全員同じようなジャージを着ているのが面白い。
傍から見れば夜の走り込み練習かと思うかもしれない。
そんな光景だ。
しかし、俺たちが今から行うのはそんな褒められるようなことではないのである。
「じゃあペアを作りましょうか、なんか希望ありますか?」
佐原がそう言って目線を送ってくる。
なるほど、そういう事か。
「俺は笹山さんと回ります」
言うと、場が一気に盛り上がる。
なんだか体育祭の借り物競争を思い出すな。
それにしても、みんな終日練習試合の後だと言うのに元気だ。
「なんだか借り物競争の時みたいだね」
隣にやってきた笹山先輩はそんなことを言った。
同じことを感じたらしい。
残りの奴らも誘い合ったりグッパーをしたり、それぞれペアを作った。
嬉しそうな顔をする者、早くも帰りたそうな顔をする者、様々だが一応準備はできたようだ。
「はぁ? なんであたしがこのゴリラと回らなきゃいけないの」
脳筋ゴリラとペアを組むことになったらしい川崎先輩はえらく機嫌が悪そうだ。
ゴリラに文句を言っている川崎先輩の様子を見ていると、目が合った。
彼女は食い入るようにこっちを見てくる。
身の危険を感じて、俺は咄嗟に視線を逸らした。
「嘘だろぉぉ」
後ろでは、先程メッセージで川崎先輩と回りたいと言っていた奴が項垂れている。
「まぁとりあえず、始めましょうか」
声をあげた佐原の隣には、伊藤がいた。
あいつらがペアとは、何やら面白いことが起きそうである。
「えーと、一応コースはこの一本道の山を登っていく感じなんですけど、上まで登ると寺があるんで、そこを折り返して帰ってきてくださーい」
コースの下調べまで完璧とは流石だ。
佐原は言い終えるとものすごく自然に伊藤の手を取った。
そのまま手を繋ぐ。
「視界に前の組が見えると冷めるんで、一組が帰ってきたら次行く感じで。じゃ、行こっか」
「うん」
満更でもなさそうな顔の伊藤。
二人はそのまま夜の闇に溶け込んでいく。
あっという間に見えなくなった。
「いい感じだね、あの二人」
「やっぱりイケメンは人生ちょろそうです」
「あはは、佐原はエスコートも上手だね」
「……」
「涼太?」
やはりあいつは今日埋めよう。
心にそう誓った。
‐‐‐
九組が帰ってきた後、最終組として俺達は山へ向かう。
「涼太、途中蛇出るから」
「人魂にビビって足滑らせるなよ」
出発しようとすると、後ろから色んな忠告を受ける。
そして、とんでもないワードが聞こえた。
まさか、本当に出るとかないよな?
物凄く不安になってくる。
しかし、隣の笹山先輩は俺以上にビビっていた。
「笹山さん、お化け屋敷とかこういう系無理な感じですか?」
「え? 全然平気だよ。全然」
目が泳ぎまくっている。
精一杯虚勢を張っているのだろう、先輩としての自分の顔を潰さないように。
仕方がない。
「手を繋いでてあげるので安心してください」
「……すごく馬鹿にされてる気がするけど」
「可愛いなぁっ思ってるだけです」
「……」
「すみません調子に乗りました」
少しからかいすぎた。
謝る俺に先輩は無言で左手を差し出す。
その手を握ると、後ろにいる大勢の男女から歓声が上がった。
それを合図に、俺達は出発した。
山道は本当に一本道だ。
両脇に木が生い茂る道を二人で歩いて行く。
「雰囲気あるね」
「思ったより暗いっすね」
月明かりはあるが、木々のせいでかなり遮られている。
こんな中じゃ、蛇が出たとしてもおかしくなさそうだ。
人魂は……知らない。
「なんか思い出すなー」
「何をですか?」
「昔、弟と二人でお化け屋敷に入った時の事」
そう言えば、先輩の家族は遊園地によく行っていたと、前に聞いたことがある。
あれは水族館へ向かう朝の電車でのことだったか。
二週間前の話だが、ここ最近色々あったせいで懐かしく感じる。
先輩は空を見上げながら続けた。
「あの時は私も弟もお互い小学生で、お父さんがジェットコースターに乗ってる間に暇だったから、二人でお化け屋敷に入ったの」
小学生の子供を放置で一人ジェットコースターとは中々やるな。
まぁ父親も安心して遊べる程度に、当時から先輩がしっかりしていたということなのだろう。
「でも実は、私も弟もお化け屋敷に入るのが初めてで、色んなオブジェクトに驚いて。それで私が泣いちゃってね」
「……」
「そしたら、当時まだ小学二年生だった弟が、『姉ちゃん大丈夫? 俺が守るから』って慰めてくれて」
「かっこいいですね」
「うん、それでね。今こうして、私はまた年下の男の子に守ってもらってるのかって思って、ちょっと思い出したのと同時に笑っちゃった」
言われて、自分の右手に視線を落とした。
しっかりと先輩に手を握っている。
先輩の手は、今日も冷たかった。
「ごめんね、手冷たいでしょ。離してもいいよ」
「いや、離したくないです」
「……そう」
先輩の手が冷たいなら、俺が温めてあげればいい。
佐原とホテルで話したときは、互いに温め合うことを考えていたが、これならこれでいいのだ。
「なんかしんみりしちゃった」
「いいじゃないですか。どうせ俺達以外誰もいないんですから」
「そっか」
みんなはもう部屋に帰ったのだろうか。
それともまだ残っているのだろうか。
どちらでもいい。
「そういえば蛇とか人魂とか言ってましたけど、本当に出るんですかね」
先程の出発前に言われた事を口にすると、繋いだ手に力が込められた。
顔も若干強張っている。
「笹山さん、俺の手は握力計じゃないですよ」
「あれ、そうだっけ」
「結構力強いですよね」
「マネージャーも体力仕事なの。それに私、一応小学校と中学の頃は自分でバスケやってたし」
「握力どのくらいあるんですか?」
「30くらいはあったような」
「えっ!?」
驚愕の事実である。
驚く俺に、先輩はジト目を向ける。
「あれ、涼太はどのくらいなの?」
「……なんの話ですか?」
「握力に決まってるでしょ」
「……同じくらいだと思いますよ?」
嘘だ。
実際は利き手の右が26、左が25だった。
運動部に所属しながら、男子高生の全国平均を大幅に下回るのはおろか、女子の平均とも大差ない数値。
あまりにも低すぎて自分でもドン引きしたため、記憶に残っている。
「なんで疑問系なの? それに私と同じくらいじゃダメでしょ」
「……」
押し黙る俺に、先輩はため息を吐く。
「だからレギュラーになれないんだよ? ご飯食べて筋トレして、もっと体つくり頑張らなきゃ」
「ごもっともです」
「今日の試合だって、チャンスはあったのに。途中良いプレーもあったけど」
「良いプレーありましたか!?」
「食いつきが凄いね」
呆れたような顔をしつつ、先輩は苦笑を漏らした。
「かっこよかったよ」
「明日も頑張ります!」
「まずは試合に出るところからだね」
「……はい」
部活の後に話すと、いつもこういう話題になる気がする。
これが同じ部活の先輩マネージャーを彼女にする弊害か。
いや、違うな。
なんならご褒美だ。
なんだかんだ、笹山先輩にはこうして指導される方が好きなのだ。
怖がっている先輩も可愛いが、それはそれだ。
「あっ、先輩そこに蛇が!」
「嘘っ!?」
「嘘です」
肩を殴られながら、どんどん山を登る。
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