第16話
初日の練習試合が終わり、近所のホテルに着く。
あてがわれたのは二人部屋であり、例に漏れず佐原と同室である。
「はぁ~、疲れたなぁ」
「俺も疲れたよ」
「あんまり試合出てないのにか?」
「気疲れだよ」
結局、昼休憩を挟んだ後の午後の試合も、俺は特に出場時間がもらえるわけではなかった。
仮に出場したとしても、何ができるわけでもない。
相手は県でもそこそこ勝ち上がるチームなため、俺では歯が立たないのである。
ホテルは佐原の調べ通り、内装がかなり綺麗だった。
真っ白なシーツのベッドが二つに、くつろげるスペース。
変に煙草の匂いが染みついてるわけでも、埃や髪の毛なんかが落ちてもいない。
佐原はふかふかのベッドに倒れ込む。
「よく風呂に入ってないのにベッドに乗れるな」
「涼太は潔癖症か?」
「常識だろ」
ベッドは就寝時に入る場所だ。
極力汗や臭いはつけたくない。
「それにしても、よかったのかよ?」
「何が?」
「笹山さんと同じ部屋じゃなくて」
「まだ言ってたのか」
バスの席ならともかく、ホテルで同じ部屋に泊まるのは流石にライン越えだ。
「ってか本気で言ってたのかよ」
「せっかくのチャンスじゃねーか。どうせお互いの家にも行ったことないんだろ?」
「あるよ」
「はっ!? マジっ!?」
何の気なしに答えたが、失敗したと瞬時に悟った。
佐原はにやりと笑う。
「話、聞かせてもらうぜ」
「嫌だね」
「逃がさねーぞ。それに、オレはお前の恋愛コーチだ。聞く権利があるはずだぜ、監督義務がな」
「何が監督義務だよ」
そう言われると話さなければいけないような気がしてくる。
しかし、あまり他人に話したくないという気持ちもある。
俺も恥ずかしいし、笹山先輩とのあんなことやこんなことを、こいつに喋るのは違う気がする。
ないとは思うが、万が一佐原が他の奴にその話を漏らし、それがさらに校内に拡散されでもしたら、本格的に学校に居場所がなくなる。
逆に、もし情報が漏れたら、こいつに話したことにより、漏洩起点が佐原でなくても、情報が拡散された際に疑ってしまうことになるのも嫌だ。
という事で。
「プライバシーの侵害だな、勝手に想像しといてくれ」
「はぁぁ、オレは悲しいよ」
「お前は俺のことより、自分の恋愛について考えたらどうだ」
「それもそうだな」
話を変えると、佐原は真面目腐った顔で考え込んだ。
「女子の部屋は一個上の階だ」
「らしいな」
「後で行くか? 一緒に」
「なんでだよ、俺は彼女いるんだぞ」
「馬鹿、笹山さんの部屋もあるだろうが」
「……お前、本気でやるつもりなのか」
「やるときはやるぜ。男はそれくらいじゃねーとやってらんねーの」
そんな究極な生き方はしてこなかったが、俺はこれでも16年間生きてこれた。
もしかすると男ではなかったのかもしれない。
「行ってどうするんだ?」
「そりゃ、普通に話したり」
「何を?」
「恋バナしかねーだろ」
「恋バナって、お前今彼女いないのにネタあるの?」
「ノリと勢いで喋っとけば何とかなるもんだぜ」
「へぇ」
思ったより適当だった。
でも実際はそんなもんなのかもしれない。
昼に聞いた川崎先輩の話を思い返すと、佐原なんて可愛いものだ。
健全に思えてくるな。
と、そんなことを考えていると佐原が何か思いついたように手をたたく。
「どうしたんだ?」
「いや、良いこと思いついたぜ」
佐原は悪巧みをするような顔でスマホをいじる。
そして画面を俺に見せてきた。
表示されているのは周囲のマップだった。
山の中という事もあり、コンビニもスーパーも何もない。
「これが、どうしたんだ?」
「このホテルの裏には山があるだろ?」
「あぁ」
「だからさ、そこで肝試ししよーぜ」
肝試し。
それは夏の風物詩かつ、定番の男女イベントが起こるイメージがある。
実際にやったことはないが、漫画やアニメでよく見るシチュエーションだ。
「秋だぞ? 夜の山は多分寒いし」
「だからいいんじゃねーか。女子と手を繋いで暖を取れば距離も縮むぜ」
「策士だな」
「舐めるなよ」
恋愛や女子との遊びに関しては、本当に頼りになる。
ちなみに佐原は部活でも一応レギュラー入りをしている。
顔も良いしコミュ力もあり運動もできるなんて、冷静に考えればかなりの高スペック男子だ。
やはりこいつはこの山に埋めた方が人類のためかもしれない。
「よし、じゃあ参加者を募るか」
「え、そんな大人数で行くの?」
「こういうのは人が多いだけ盛り上がるもんだぜ」
言うと、佐原は素早くスマホを操作する。
気付けばバスケ部の全員が所属しているグループコミュニティーにメッセージを送っていた。
そして即座に返信が入ってくる。
『俺行きたい!』
『女子が来るなら行くわ』
『川崎先輩と手を繋げるなら行きてー』
『楽しそうだな、俺も混ぜてくれ』
みんな乗り気なようだ。
いつもは既読無視しかしない連中だが、この食い付き様とは。
また、あの悪名高い川崎先輩に興味がある奴がいることに驚きだが、そんなことより驚きなのは最後のメッセージ。
送り主は恋愛など頭に無さそうな脳筋ゴリラだった。
「げ、脳筋ゴリラも来るのかよ」
「意外だな」
佐原も同様に顔を引きつらせていた。
しかし、そんな間にも新しいメッセージは次々に送られて。
「結局オレ達合わせて十人か。まぁお前は笹山さんと一緒だろうから、実質九人だな。向こうに頭数合わせてもらうとして……とりあえず上の階に行くか」
何の気なしに口走る佐原を俺は止める。
「上の階は見回りで、女バスの副顧問の女教師がいるから無理だろ」
「ばーか、バレなきゃいいんだよ」
「バレたら死ぬだろ。それこそスマホで連絡とればいいじゃないか」
「はぁ、そこまで言うならオレ一人で行ってくるぜ」
「おいっ!」
「涼太は笹山さんを誘っとけよ?」
「待てって!」
止める俺の腕も空しく宙を掻く。
佐原は部屋を出て、本当に女子フロアへと行ってしまった。
まさか、本当に実行に移すとは思わなかった。
と、そこでふと、佐原たちが肝試しの会話をしていたグループ画面を俺のスマホから表示する。
そしてある事実に気づいた。
このグループって、男子バスケ部のグループなわけで。
当然そこには、男子バスケ部マネージャーも存在するのだ。
俺が彼女の存在を気づいたとほぼ同時に、噂の女子からメッセージが届く。
『涼太も肝試し行くの?』
笹山さんからだ。
俺はしばらく考え、最低限の文で返信した。
『笹山さんと一緒なら行きたいです』
メッセージの送信と同時に既読が付く。
しかし、返信はなかなか来ない。
この間が一番緊張する。
『じゃあ行こっか。せっかくの山だし、合宿だしね』
しばらく経った後に届いたメッセージに、俺はこぶしを握った。
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