第13話

 翌日の放課後。

 珍しく俺は一人で下校をしていた。

 それも自転車ではなく徒歩でである。


 笹山先輩と下校の際にたくさん話せればと思って、なんとなく徒歩で来たものの、生憎と今日は先輩は欠席だった。

 昨日の今日なため、お題バレによる騒動が原因で休んだのではないかと心配である。


 一応先程、体調は大丈夫かという旨のメッセージを送ったが、心配いらないとのことだった。

 お見舞いに行こうと言ったら、うつすとまずいからと断られた。

 とても不安である。


 昨日は部活の際に先輩と今後の事を少し話した。

 しかし、先輩も佐原と同様に、時間の経過を待つしかないと言っていた。

 やはりどうしようもないのだろう。

 先輩は笑顔だったが、若干顔色が悪かった気がする。

 不安だ。



「よぉ!」

「うわっ」


 一人考え事をしながら歩いていると、後ろからリュックに衝撃が加わった。

 何事かと振り返るとそこには。


「一人?」

「川崎先輩……」


 俺の苦手な女子バスケットボール部の先輩がそこにいた。


「何その嫌そうな反応。傷つくなー」

「全然嫌じゃないっすよ」

「嘘下手すぎ」


 川崎先輩はケラケラと笑いながら、しれっと隣に並んでくる。

 やけに距離が近い。

 こういう所が本当に苦手だ。


「今日は一人で帰ってるの?」

「そうですね」

「あー、綾乃休んでたもんね」

「はい」

「友達は?」

「なんか、用事があるとか」


 これは嘘ではない。

 佐原は家に急ぎの用があるからとぶっ飛ばして帰ってしまった。

 他の連中は単に家の方角が違う。

 別に、ぼっちなわけではないのだ。


「へぇ、じゃ一緒帰ろ?」

「え?」

「だから何その嫌そうな反応」


 嫌なんだから仕方がない。

 と言えれば人生そう苦労はしないのだ。

 特に断る理由も探しきれなかったため、何も言えなかった。

 すると、その無言を是と受け取ったのか、先輩は当然のように俺の隣を歩き出す。


「大変なことになってるねー」

「何がですか?」

「ほら、甘えん坊? みたいな」

「……どこまで知ってるんすか?」

「涼太君が借り物競争で『一番甘えたい女の子』っていうお題を引いて、それで綾乃をお姫様抱っこしてたって話くらいかな」

「それが全部ですよ」

「あ、マジ? ほんとの話だったんだ」

「……」


 どうも話しにくい。

 手のひらの上で転がされている感が否めない。

 俺は半歩ほど彼女から距離を取る。


「盛り上がってるよね。まぁ、あの綾乃に彼氏ができたってだけでも話題性凄いのに、加えてあのお題は仕方ない、うん」

「そんなですか?」

「王子様が思ってるより、綾乃はモテるんだよ」


 少し声のトーンが低くなったような気がした。

 怖い。


「入学時から色んな部活に引っ張りだこでね。マネージャーになってくれってお願いされまくってたらしいよ」

「へぇ、確かに笹山さんは可愛いし仕事できるし」

「そそ。で、その頃から一定数、綾乃の事を好きだった男子ってのはいたわけよ」

「……」


 川崎先輩は俺の肩に拳をぶつける。


「そこに王子様が現れたわけです」

「急に出てきた邪魔者って事ですか」

「端的に言うとそうかもね」


 彼女は否定もせずに、珍しく真顔で続けた。


「だから、今回の炎上は鎮火が大変」

「炎上って、インフルエンサーじゃないんすから」

「涼太君は違っても、綾乃はインフルエンサーだよ」

「……」


 その通りだと思った。

 実際、借り物競争でしばらく話題を搔っ攫っていたのは、お姫様抱っこをしたことだけが原因なわけではない。

 相手が美人で有名な笹山綾乃だったからだ。

 同時に付き合い始めたのも全校生徒にバレ、まさに針の筵のような生活だった。


「ねぇ」

「はい?」


 川崎先輩は笑いながら言った。


「まだ童貞なの?」

「……は?」

「いや、そういう事ってしてないのかなって」


 何を言ってるんだこの女は。

 そもそもこの前話したのは木曜で、今日が火曜。

 まだ五日くらいしか経っていない。


「キモいこと聞かないでください」

「ひどーい」


 大げさに泣き真似をする先輩。

 面倒くさい。


「え、でもさ。デートくらいしたでしょ?」

「言いたくないです。ってか笹山さんに聞けばいいじゃないですか」

「王子様の口から聞きたいの」

「……その王子様って呼ぶのやめてください」

「はいはい」


 これだけ嫌悪感を丸出しにしてなお、こんな反応ができるのは尊敬に値する。

 どんな環境で育てばここまでメンタルが育つのか。

 だが、彼女の生い立ちなど一ミリも知りたくない。


 ダル絡みを続けられ、いい加減離れたくなってきた。

 なんとか別れる言い訳をつくろうと、必死になって周りを見渡す。


「来週末は合宿だね」

「そうですね」

「でも来週は中間テストだし、しんどーい」

「そうですね」


 生返事をしながら、辺りを見ていると一軒のコンビニを見つけた。

 よし。ここに寄って川崎先輩と別れよう。


「あの――」

「ねぇ、涼太君は綾乃と同じ部屋に泊まるの?」

「――コンビニ……」

「コンビニ?」

「何でもないです」


 言葉を丁度遮られ、完全に言うタイミングを逃した。

 最悪だ。


「で、どうなの?」

「あー、そうですね」


 適当に返事をしながら再度辺りを見回した。

 が、隣からクスクスと漏れる笑い声に、一旦現実に戻る。

 そう言えば今、なんの話だっけ。

 川崎先輩の顔を見て、自身の失態を察した。


「涼太君、生返事はだめだよ」

「……すみません。もう一度なんて聞いたかお聞きしても?」


 やんわり聞くと、『急に畏まってキモい』と言いながらも答えてくれた。


「合宿で綾乃と一緒に泊まるのかって聞いたの」

「っ!? ……そんな予定はないです」

「なんだ、つまんな」


 佐原も似たようなことを言っていたが、同じ部屋に泊まるという発想の方がおかしいと思う。

 あくまで俺達がしているのは、高校生の健全なお付き合いだ。

 エ○同人の世界ではないのである。


 やられているだけなのは少し癪だったので、軽くジャブを打つことにした。


「川崎先輩は、どうなんですか?」

「何が?」

「ほら、合宿で何かするのかなって」

「あぁ、そゆこと」


 先輩はにやりと笑いながら、先ほど開けた半歩の距離を詰めてきた。


「涼太君の部屋に行っちゃおうかな」

「……マジでやめてください」

「冗談に決まってるじゃん! 童貞きも!」

「……」


 結局返り討ちに遭った。

 慣れないことはするもんじゃない。


「あーぁ。綾乃いいなぁ、あたしもこんな可愛い彼氏欲しかった」

「川崎先輩彼氏いないんですか?」

「は? いるに決まってんじゃん」

「そうすか」


 相変わらず距離感の測りにくい人だ。

 正直これ以上話したくない。

 と、そんな俺の思いが通じたのか。


「あ、ごめん。今日友達と用事あったんだ」

「え?」

「戻んなきゃ」

「……そうすか」


 とんでもない切り替えスピードで先輩は表情を変える。

 とてもついていけない。


「ごめんね、今日はこの辺りで」

「はぁ」

「バイバイ!」

「……さようなら」


 別れの言葉を言うや否や、来た道を引き返して行く川崎先輩に俺はフリーズしていた。

 急に捨てられ、複雑である。


「まぁいいか」


 離れることができて良しとしよう。

 今日は過去一で相手をするのが辛かった。

 二度と彼女とは帰りたくない。


 笹山先輩との下校デートはあんなに楽しいし癒されるのに。

 天と地ほど精神衛生に差がある。


「あぁ、笹山さんに会いたいな」


 なんだかめちゃくちゃ先輩が恋しくなった。

 しかし、いくら恋しくても今日は会うことはできない。


 俺はその後、一人寂しく夜道を帰った。

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