第12話

「誰が、このお題をバラしたんだ?」


 佐原の言葉に考える。

 この世でお題内容について知っている人間は俺と笹山先輩と……。


「お題書き係……か」


 その一人しか思い浮かばない。

 うちの学校の借り物競争は、基本的に教員が関与していないのだ。

 生徒の節度あるお題決めが、長年の歴史を紡ぐことに繋がっているのだろう。

 果たして、今回の件が節度を持っているのかは知らないが。


「校長は?」

「それなんだけどな……」


 借り物競走には、当然お題と借り物を照合する審判係がいる。

 そして、その審判係はうちの借り物競走の性質上、学校の全権を握る校長ただ一人だ。

 なのだが。


「実はお題の判定されてないんだよ、俺たち」

「は?」

「いや、俺と笹山さんが顔真っ赤にしてたからさ、わざわざ見る必要もないねーって言ってくれて」

「マジか」

「……マジだ」


 うちの校長は女性でおっとりとした人だ。

 気遣いをしてもらったのである。

 そもそも判定は、ズルをする生徒を失格にする為のものだ。

 わざわざズルをして、とびきりの美人をお姫様抱っこするなんてキ○ガイじみた行動は、考えられなかったのだろう。


 加えて、うちのお題は歴代の『一番体臭の強い教員』や今回の『一番甘えたい女の子』、『一番気持ち悪い男性教員』などからも分かる通り、選手の主観が大いに影響する。

 だからこそ、元からジャッジはかなり甘いのだ。


 競技というより、イベントみたいなものだからな。


「じゃあマジでお前と笹山さんと、お題書き係しか知り得ないのか」

「そうなんだよ」


 答えると、佐原は唸った。


「お題書き係は毎年生徒会長がくじ引きで決めるって聞いたことあるぜ」

「どういう意味だ?」

「そのままだよ。体育祭が近くなると生徒会室にあるらしい専用のくじ箱から、クラスと出席番号が書かれたくじを引くってわけだ」


 引かれたくじに記載されていた、クラスと出席番号の合致する生徒が、借り物競争のお題を書くという事か。


「ってことは生徒会長もお題内容は知らないのか」

「だろうな」


 完全に自由放任だな。

 しかしそうとなれば、本格的に犯人は定まる。


「で、そのお題書き係って誰なんだ?」

「さぁな」

「さぁなって、おい」

「オレだってそんなこと知らねーよ」


 万事休すか。

 いや、どうにかしてあぶりだせないものだろうか。

 思いつくのは、生徒一人一人に確認を取って行くくらいなものだが。


「お前、全校生徒に聞きまわる気か?」

「それしかないだろ」


 見透かされていた。

 佐原は鼻で笑う。


「うちの学校、三学年合わせて1200人だぜ? 流石に無理があるだろ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「それこそ生徒会長に聞けばわかるんじゃねーか?」

「なるほど」


 それもそうだな。

 どうやら今聞いた感じだと、生徒会長はシステム上、お題内容は知らずとも書いた人間は知っているはずだ。

 しかし、佐原は続ける。


「だけど、おすすめしないな」

「なんでだ?」

「だって、仮に生徒会長に口を割らせたとしてよ。今度は生徒会長が、お題書きの奴に逆恨みされるかもしれねーじゃん。これ以上燃え広がったら、それこそ収集つかねーぞ」

「……じゃあどうしようもないのか」

「時が経つのを待ってるしかないだろ」

「……」

「体育祭直後だって似たような環境にいたじゃねーか」

「あの時は好奇心を向けられていただけだったけど、今回は違うだろ」


 今、俺に集まっている視線は冷ややかなモノだ。

 まるで気持ち悪い生き物を見るような。

 笹山先輩のクラスで落書きされていた『甘えん坊将軍』なんていう文字が現実を物語っている。


「そもそもお題書き係を見つけてどうするんだ? キモいお題内容自体は事実なんだから、本質的解決には繋がらねーだろ」

「まぁそうだけど」


 それはそれとして、こんな悪意ある暴露をされたことによる怒りは発散したい。


「……オレは少なくとも書いてないぞ」

「知ってるよ」


 佐原を疑ってはいない。

 例えこいつがお題書き係だったなら、すぐに教えてくれていただろう。

 その程度で崩れる友情ではない。


「こうなってくると全生徒が敵に見えてくるな」

「笹山さんもか?」

「いいや、お前と笹山さんは味方だ」

「そうか? わかんねーぞ。オレは味方か敵か、それとも味方で敵か。そういうことだってたまにはあるんだぜ」

「よくわからないけど、もし本当に敵だったら今月分のコーラは無しだ」


 変な話に逸れたが、考えても仕方がないのかもしれない。

 こいつの言う通り、時間の経過を待つ以外にできる事なんてないのだろう。

 ……耐えられる自信がないな。


「あーあ。ほんとだったら今日はデートの土産話を聞こうと思ってたのによ」

「それは残念だな」

「どうだったんだ、初デート」

「……まぁ成功かな。ありがとう」

「こんな事にならなきゃ、おめでたかったのにな」


 本当にその通りである。




 ‐‐‐




 佐原と別れ、教室へ帰ると再び視線が集中した。

 これがいつまで続くのか。

 考えるとぞっとする。


「お、甘えん坊君おはよう」

「……なんだ、来てたのか」

「何その嫌そうな顔。失礼な奴」


 隣の席の伊藤はいつもの調子で話しかけてきた。

 俺達が部室にこもっている間に登校していたらしい。


「ってか甘えん坊ってやめろよ」

「でも事実なんでしょ?」

「……黙秘」

「ほら、やっぱり」


 微塵も肯定などしていないのだが。

 まぁいい。

 どのみち言い逃れはできそうもないしな。

 俺は堂々と教室内でスマホをいじる伊藤に声をかける。


「お前、どこまで知ってんだ?」

「ん? お題のこと? 滝沢が『一番甘えたい人』ってお題で部活の先輩マネージャーをお姫様抱っこするくらい変態だって事くらいしか知らない」

「……変態で悪かったな」


 仕方ないだろう。

 他に誰を借りればよかったんだ。

 それに。


「お題は『一番甘えたい人』じゃなくて『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)』だ」

「なにその『笑』って」

「俺も知らん」


 どいつもこいつもツッコミどころが同じだ。

 伊藤はうんうんと頷く。


「なるほど。女の子と指定されちゃったから、女友達の少ない滝沢は綾乃先輩を借りるしかなかったと」

「……いや」

「否定するってことは本心から先輩に甘えたかったんだ」

「ッ!?」


 顔が一気に熱くなってきた。

 図星過ぎて言い返す言葉が何もない。


「なんか言ってよ。こっちまで恥ずかしくなる」

「すみません」


 顔を背ける伊藤に頭を下げる俺。

 マジで何をしているんだろうか。

 ちなみに今もクラスの視線は独り占めだ。


「伊藤はいいのか?」

「何が?」

「ほら、いじめられっ子と仲良くしてたら自分もいじめられてましたー的なオチにならないか」

「あぁ、別にいいよ。面白いから」

「適当だな」

「そもそもいじめるほどの問題でもないでしょ。『滝沢キモーい』の一言で終わるよ」


 あんまり嬉しくないな。

 その一言が結構つらいんだが。


「あ、そう言えばこれ」


 俺は伊藤へのお土産として購入していたイルカのデザインが施されたシャーペンを渡す。


「なにこれ」

「お土産だよ」

「あ、デートの」


 いちいち恥ずかしい単語を口に出さないで欲しい。

 色々思い出して悶絶しそうだ。


「へー、ありがと。気が利くんだね」

「……お前もそんな事言うんだな」

「何が?」

「こっちの話だよ」


 水族館のお土産コーナーで先輩にも言われた。

 女子から見ると、俺みたいな人間でも気が利くという評価になるのだろうか。

 不思議である。


「でも、デート中に他の女にお土産選ぶ彼氏はちょっと嫌かも」

「え」

「だってせっかく二人きりなのにさ。やっぱ気は利かないね」

「……すみません」


 これからは気を付けよう。

 そう言えば先輩も若干困ったような顔をしていた気がする。


「デートの惚気話聞かせてくれるの?」

「いや、遠慮する。今日はそんな気分じゃない」

「それもそうだね」


 俺はため息をつきながら、一限の準備をした。

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