第11話
先輩とのデートがあった週末も過ぎ、新たな週が始まる。
朝一のチャイムである目覚ましを止めると、その実感が高まった。
もうそろそろ中間テストがあったような気がする。
学校行事への関心の無さから、しっかり考えてはいなかったが、もう十月の中旬なのだ。
ついでに男女合同の遠征合宿もある。
急に現実を突きつけられ、一気に色々な重荷が課されて体が重くなったような感覚に襲われながら、俺はいそいそと学校へ向かった。
その日は雨だった。
‐‐‐
教室へ入った瞬間、圧倒的な違和感が俺を襲った。
何がどうなのか、口で説明するのは難しいが感じるコレジャナイ感。
俺は無言の圧をかけられながら席に着いた。
珍しく隣の伊藤はまだ登校していないらしい。
……
うーん。
おかしい。
やけにクラスメイト達からの視線が俺に集中している気がする。
だが、話しかけられることはない。
俺が顔をあげると一斉に目を逸らされるし、訳が分からん。
なんだこれ。
これはいじめってやつか?
いや、それならそれで原因はわからない。
そもそも俺は普段から良くも悪くも目立たないタイプだ。
部活の練習試合でも存在を忘れられて、俺だけ試合に出ない日なんてザラにあるレベルである。
……
部活の悲しい話はさて置き。
というわけで、他者から嫌われるような事は起こりえないと思うんだが。
まさか、借り物競争の件か?
思い当たるのはそれくらいだが、最近は茶化されることも減っていたし、今更掘り返していじめる意味も分からん。
それに、当日すらいじられる事はあったが露骨な悪意を受けてはいない。
そう考えるとますます意味不明だ。
とかなんとか考えていると。
「おい、涼太いるかっ!?」
血相を変えた我が友が駆け込んできた。
佐原である。
「どうしたんだよ」
「ちょっと、来い!」
状況も把握できないまま、俺は佐原に手を掴まれて拉致された。
‐‐‐
連れて行かれたのはバスケ部の部室だった。
「なんだよ、こんなところに連れ出して」
「ここならスマホいじってもバレねーからな」
「スマホ……?」
ポケットからスマホを取り出す佐原。
それを少し操作した後、俺に画面を見せてきた。
『え、滝沢が引いたお題が『一番甘えたい人』ってマジ?笑笑』
真っ先に目に入ったのはそんなメッセージだった。
「なんだ、これ……」
「この一件だけじゃねーよ、お前と仲が良いオレに確認メッセージが殺到してんだ。一番わけわかんねーのはオレだってのに」
よく見るとスマホの画面には似たようなメッセージが何件も入っていた。
「どうなってんだ」
「それはオレが聞きたいんだよ」
「……そうだな」
困ったような焦ったような、そして得体の知れないものを見るような目で俺を見る佐原。
こいつにも当然お題の内容は教えていない。
「この拡散されてるお題の真偽が分からねーとオレは何もできないぜ」
「あぁ」
わかっている。
しかし、困惑している佐原には悪いが、俺も酷く動揺している。
全身から血の気が引いていくようだ。
俺の言葉をじっと待つ佐原。
その目は真っ直ぐ俺の目を見据えている。
そんな態度に目が泳ぎまくる。
時がどんどん流れていく。
俺は耐えられなくなってゲロった。
「……本当だよ。確かにお題用紙にはそう書かれていた『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)』ってな」
「なんだその最後の『笑』って」
「俺も知らない」
些細なところに突っ込む佐原。
しかし、そんな事は今はどうでもいい。
俺の言葉を聞き終えると、うーんと頭を抱えた。
「どうなってんだこれ。昨日の夜から今朝までに十三件だぜ。流石のスマホちゃんもお熱気味だ」
「……みんな暇なんだな」
「まぁ、それだけあの借り物競争が刺激的で、尚且つこのお題が話題性に富んでる証拠だろ」
「まったく嬉しくないな」
「オレもうんざりだぜ」
互いに言い終えてため息を吐く。
「涼太が漏らしたわけ――ないよな」
「当たり前だ」
俺は口を割っていない。
自らの高校生活をハードモードにするような趣味はないのだ。
こうなることは目に見えていたからな。
それに、この気持ち悪いお題がバレて面倒を被るのは俺だけではない。
……って。
「笹山さんはっ!?」
「それは……知らねーけど。っておい!」
声をあげる佐原。
俺は止める手も振り払って部室を飛び出した。
向かう先は二年の教室である。
「なんだこれ」
時すでに遅し。
先輩の所属する教室では異様な盛り上がりが起こっていた。
黒板の隅の方には、甘えん坊将軍という謎の落書きがあった。
朝礼前で教員が目にしないのをいい事に、やってくれている。
お題漏れ、異様な盛り上がり、そして落書き。
全て関連づいていると考えるのが普通だろう。
盛り上がっているため、教室の奴らは廊下にいる俺の存在に気づかない。
じっくり教室を眺めると、席で頭を抱えている女子を見つけた。
笹山先輩である。
周囲には慰めるように女子が複数人いた。
俺と違って、注目の的というよりは馬鹿な男子が調子に乗っているだけなんだろう。
「待てよ」
先輩に近づこうと、教室への侵入を開始しようとしていた俺の肩を佐原が掴む。
何故か付いてきたのだ。
「邪魔すんなよ」
「馬鹿、冷静になれよ。今お前が行ったら火に油を注ぐだけだろうが」
「……じゃあどうすんだよ」
イライラをぶつけてしまい、罪悪感を覚える。
しかし佐原は冷静に首を振った。
「今は待て。どうせ同じ部活なんだし、付き合ってるんだから話す時間はいくらでもあるだろ」
「……」
佐原の言う通りだ。
ここで俺が行くと、さらに先輩に迷惑をかけることに繋がるかもしれない。
行くべきでは、ないのだ。
だが、そんなことわかっていても。
ここで帰るのは男としてどうなんだ。
くそ。
「な、ほら。戻るぞ」
「あぁ……あ」
廊下からずっと見つめていた俺の視線に気づいたのか、笹山先輩がこっちを向いた。
そして、目が合う。
先輩は眉をハの字に曲げながら笑ってみせた。
そして口を動かす。
「戻るか……」
佐原の背を押し、俺も踵を返す。
先輩の口の動きは『大丈夫』と、そう言っていた。
‐‐‐
「とんでもねー事になってきたな」
「そうだな。まだ頭が追い付かないよ」
「オレもだぜ」
再び部室に帰ってきた。
ここなら外敵はいないし、侵入してくることもない。
佐原はふぅと大きく息を吐いて、疲れたように笑った。
「ってか、甘えたい女の子かぁ。そういう発想はなかったな」
「おい」
「まぁまぁ、オレだって気になってたんだからよ。お前絶対にお題を教えてくれなかったし。まぁ今となっちゃ教えたくなかった理由もわかるけどな」
「……」
顔から火が出そうだ。
誰か俺を殺してくれ。
不特定多数に奇異の視線を向けられるより、仲の良い一人の男から向けられる憐みの視線の方がよほど堪える。
辛い。
「まぁそれは仕方ねぇ。バレたもんを忘れろってのは無理だからな」
「あぁ」
「だから、問題はその先さ」
佐原は鋭い目つきでスマホを見ながら言った。
「誰が、このお題をバラしたんだ?」
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