第4話
翌日の部活で。
「涼太、お前のバッシュ擦り切れてきて危ないから新しいの買っとけよ」
キャプテンに注意されたのでバスケットシューズを買いに行くことにしたのだが。
どうせなら笹山先輩を誘ってみるか、という事で練習終わりに声をかけたところ。
「私も靴買い替え時だったし、一緒に行くよ」
とのことなので二人で近所のスポーツ用品店に行くことになった。
そういうわけで閉店まで残り一時間くらいの大型スポーツ用品店に着いた。
普段、部活の買い物は佐原など同級生の部員と行くのだが、昨日の会話もあり、少し積極的になろうと思って先輩を誘ってみた。
デートの予行練習も兼ねたいい機会になればいい。
当日、二人きりの空気感に緊張してまともに話せない……なんてオチになっては困るからな。
実際、普段の制服下校デートと私服で水族館に行くのとでは全く異なる。
少しでも二人きりの空気を味わっておくのは大事だと思う。
俺と先輩は店内に入ると、真っ直ぐにバスケコーナーを目指した。
「笹山さん、よく来るんですか?」
「まぁね。うち、弟もバスケやってるし」
「弟さんいたんですね」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初耳です」
弟がいると言われてしっくりくる気もした。
先輩は平気で俺たちの着替えを見てるし、男子に対して特に照れたりしてるところはあんまり見たことがない。
そもそも、ある程度男に耐性がないと、男子運動部活のマネージャーなんてやってられないだろう。
それに。
「道理で甘えたくなるわけだ」
「恥ずかしいこと言わないで」
「え、今俺声出てました?」
「ばっちり聞きました」
ついに心の声と区別がつかなくなったらしい。
恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
すると先輩は、ふぅと息をついて呟いた。
「うち、お母さんが早くに亡くなっちゃったから、私が母親代わりみたいなものなんだよね」
何気なく放たれた言葉に声を失った。
母親がいないなんて、俺には想像がつかない。
俺は兄弟がいない一人っ子家庭で育ったため、人一倍親からの愛情を注がれて生きてきた自信がある。
だからこそ、親がいない状況というものが、どれだけ辛いのかわからない。
と、固まっている俺に先輩は苦笑した。
「別に気にしないで? もう十年以上前だし、慣れたから」
「そうですか……」
「それよりもあの人! この前の体育祭で借り物競争に出てた人だよ」
先輩は話を逸らすべく、ランニングウェアのコーナーに立つ一人の男子高生を指さした。
中肉中背やや猫背、メガネをかけたその姿はお世辞にもイケてるとは言えない。
「知ってる人っすか?」
「うん、隣のクラスの湊君。なんでも『友達』っていうお題を引いたのにも関わらず、たった一人で何も借りずにゴールしたんだって。それで失格になっちゃったらしいよ」
「酷いお題っすね……」
やはりお題書き係は悪魔だ。
いつか正体を暴き、ぶん殴ってやりたい。
自分のことで精一杯だったし、他人のお題やレース状況など興味もなかったが、改めて聞けば最低だ。
いつかあの借り物競争がなくなることを心から願っている。
いや切実に。
ただ、あのお題がなければ今こうして、笹山先輩と彼氏彼女という関係でスポーツ用品店に来ることもなかっただろうし、モノは考えようである。
「そう言えば、俺の学年にも八倍希釈の塩酸を借りたっていう、可哀そうな奴がいたらしいっすよ」
「なにそれ。誰が持ってるのそれ」
「科学室まで走らされて、その場で先生が作るのを待ったって話です」
「もはや借り物の概念とはって感じだね」
「そりゃ俺達もそうですけど」
「こっちは『一番甘えたい女の子(お姫様抱っこで笑)だもんね」
女の子と指定して来るのもキモい。
加えて抱え方を指定して来るのもキモい。
だが、何が一番いやらしいって、最後の『笑』だ。
それ、本当に必要か? ふざけてるだけだろ絶対に。
「ていうか、なんで色んな人のお題がバレてるんだ? 確かお題の公表なんてルール無かったですよね?」
「うん。単にみんなが自分から喋ってるだけじゃない?」
「なるほど」
どう考えても俺のお題は他人に話せるもんじゃない。
軽い気持ちで言おうものなら、教室に居場所がなくなるだろう。
あだ名が『甘えん坊』とか『赤ちゃん』になりそうだ。
おぉ、考えるだけで尿が漏れそう。赤ちゃんだけに。
「涼太のは、絶対言えないね」
「そうですね」
「私、たまにお題について聞かれるけど一貫して『知らない』って言い続けてるし」
恐らくその嘘は全員にバレているだろう。
だってお題が分からないのに、どうして付き合う経緯に至るのか説明できないじゃん。
まぁいい。
もうそろそろ喉元過ぎて、夏と共に暑さを忘れてくれるはずだ。
「俺のお題がバレちゃったら、笹山さんも変態扱いされちゃいますからね」
「……確かに」
あの日、この人は『そういう関係になってもいい』と言った。
それすなわち、甘えていいよ、という意味である。
俺達はしばらく無言になり、互いに顔を赤らめて背けた。
「墓場まで持っていきましょう」
「うん、そうだね!」
テンパる先輩は可愛い。
部活の時は頼りになる先輩のお姉ちゃんって感じだが、ふとした時に見せる一面にドキッとする。
これがギャップ萌えってやつなのだろうか。
そんなこんなで、目的のシューズを選ぶ。
「笹山さん」
「何?」
レディース物の、シンプルなモノを手に取っていた先輩に俺は言った。
「どうせなら色違いとかにしませんか?」
「……男子と女子だけど」
「兼用モデルもありますし。ほら、それが好きならこっちなんてどうですか? デザインも似てますよ。これなら色のバリエーションもあるし、値段も安いし……いや、あえて同じ色を買って靴紐だけ変えるってのもありか……? って笹山さん?」
他人が話しているというのに、静かに爆笑し始めた先輩に首を傾げる。
『ごめん』と連呼しながら先輩はお腹を押さえた。
「あんまりにも無邪気だったもんだからつい……ふふっ、あはは」
「そんな面白いっすか?」
「だって君、普段は落ち着いてるのに、急に饒舌になって……あははは」
笑われているのに、無性に頬が緩む。
変な感じだ。
それに、別に落ち着いているわけではないんだけどな。
「ごめん、それでなんだっけ?」
「このバッシュでお揃いにしませんか?」
「うん……あっ、側面のデザイン可愛いね。涼太良いセンスしてる」
「あ、そうすか」
「うん。よし、じゃあこれにしよっか」
結局二人で同じデザインの、同じカラーのモノを買うことに決めた。
靴紐の色は俺が青で、彼女が赤。
なんだかトイレのスリッパみたいになったと言ったら、意味わかんないとまた爆笑された。
そして店を出た帰り道。
「今月末合宿ですね」
「あー、そっか。大変だね」
すっかり暗くなった夜空を見上げながら、他人事のように言う先輩の隣を、俺は自転車を押しながら歩く。
ちなみにこの辺りの歩道はかなり広く、滅多なことでは並列で歩いても迷惑にはならない。
あえて車道側を歩くことで、さり気なく良い彼氏に見られようとするのも慣れてきたこの頃だ。
先輩は夜風に吹かれるショートボブの髪を抑えながら呟く。
「面倒だね」
「そうっすか? 、みんな楽しそうですけど」
「男は馬鹿だからね。あいつらが騒いだ始末をするのは全部私の仕事なのに」
「……なるほど」
伊藤の持つ悩みとは違うらしい。
まぁ先輩の場合、一応彼氏持ちという事で、一枚シールドがあるんだから当然か。
先輩の貞操は俺が守るのだ。
……って何言ってるんだか。自分で言ってて恥ずかしい。
「涼太は良い子だから、騒ぐような他の馬鹿みたいにならないでね」
「佐原みたいなですか?」
「そう、佐原みたいな」
あいつが良からぬ計画を立てているのは今は見逃してやろう。
なんだかんだ先輩との仲を陰から支えてくれているわけで、恩義があるからな。
告げ口はしないでおく。
「女子も合同だし、男子は盛り上がってます」
「涼太は?」
「面倒だなーって。女バス怖いし」
「本音は?」
「本音ですよ。俺は笹山さん以外には興味ないです」
言い張ると、先輩は『わかんないなー』と声を出しながら、伸びをした。
「涼太って女の子に興味なさそうだよね」
「それ、彼女持ちに言います?」
「だって、普通は彼女いても女子とお泊りは嬉しいものじゃないの?」
「……確かにそうかもですね」
佐原のやる気を昨日見たばかりだし、納得せざるを得なかった。
先輩は俺の返答を聞くと苦笑した。
「何で君に好かれてるかわからないよ」
「そりゃ先輩が超美人で面倒見がいいからですよ」
「やっぱ甘えん坊なんだね」
「……」
返す言葉がないのが、先輩の言葉が図星である証拠なのかもしれない。
俺達はそのまま帰路に就いた。
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