第3話

 遊びに誘う、ということで自分なりに考えてみた。

 手あたり次第、ネットやら本やらを漁って、高校生おすすめのデートスポット的な記事で勉強した。

 しかし。


「で、決められなかったのか」

「助けてくれコーチ」

「……」


 情けない生き物を見るような目で見られた。

 そりゃ俺だって、彼女とのデート場所くらい自分で決められる男になりたいが、やはり相手の事を考えると考えがまとまらなかった。

 どうしても有識者の意見が聞きたい。


 佐原は溜息を吐いて頭を掻く。


「オレに何を求めてんのか知らねーけど、そんなにアドバイスできないぞ?」

「俺よりは経験豊富だろ?」

「それはそうだけどな」


 佐原はくいくいと人差し指を動かした。


「まずは涼太なりの意見が聞きたい」

「あー、そうだな。俺は、水族館とか、動物園とかテーマパークとかがいいかなって思ったんだ」

「無難じゃん。はい、それでいいよ。仕舞いだ仕舞い」

「おい、なんだその投げやりな感じは」


 あっさりと会話を終わらせ、どこかへ行こうとする佐原の腕を掴む。

 相変わらず筋肉質な腕だ。


「無難ってのは外さないってことだ。そりゃ変な女が相手だと『えー、ありきたりだしぃ? マジあり得ないんだけどぉ』ってなるかもしれないが、笹山さんはそんな人じゃないだろ。むしろあの人ならごみ処理場の見学だったとしても、若干顔を引きつらせながら『へぇ、ごみの処理って大変なんだね。もっと普段からごみを出さないように心掛けなきゃ』なーんて言ってくれるだろうよ」

「なんだその例は」


 確かに笹山先輩は人が良いし、悪態をついているのなんて見たこともないが、流石にごみ処理場はキレるだろ。

 というかなんでよりによってごみ処理場なのだろうか。


「だから、俺はその少なくとも一定数は存在する変な女に対しても、嫌な気持ちにさせないデートスポットが――」

「涼太」


 言葉を遮られた。

 佐原は俺の肩を掴んで低いトーンで話す。


「全員が納得するデートなんかないんだぜ?」

「え……」

「デートってのは基本的に両者の気遣い、譲歩によって成り立つんだ。互いに妥協するくらいが一番良いんだよ」

「そうなのか」

「あぁ、独り善がりもダメ。遠慮しすぎもダメ。この世界ってのは個人の理論値じゃなくて全体の最大公約数的な幸せを取るのが一番丸く収まって幸せになれる」

「お前、哲学者か何かか?」

「まさか。お前の恋愛コーチだよ。月一本のコーラで雇われた」

「違いない」


 ふざけた調子で話しているが、佐原の言い分はもっともだ。

 万人受けすることなんて、この世界には何もない。

 先輩に失望されたくないとか、つまらない男と思われたくないとか、そういうネガティブな思考に囚われすぎていたな。


 正直、水族館とか動物園で外すことなんてないことは理解していた。

 ただ、他人に肯定して欲しかっただけなのかもしれない。


「でもよ涼太?」

「何?」

「オレなんかより、本人に聞くのが一番手っ取り早いし、確実だぜ。それに、お前の事だからどうせその日の予定が空いてるかも聞いてないんだろ?」

「おう……」

「話はそれからだぜ?」


 ぽんぽんと肩をたたく佐原は、やけに男前に見えた。




 ‐‐‐




「笹山さん、今週末の土曜空いてますか?」


 二人の下校道。

 俺はいつものように隣を歩く先輩に尋ねた。

 数週間も経てば、流石に隣に笹山先輩が並んでいるというこの状況にも慣れてきた。


「うん、空いてるけど」

「じゃあ良かったら、遊びに行きませんか?」

「……! よかった……」

「え?」


 驚いたように目を見開いた後、ほっと息をつく先輩。

 そんな彼女を眺める。

 すると、俺の視線に気づいて、ハッと気づいたように手をぶんぶん振って見せた。


「違うの。別に誘いを待ってたわけじゃ」

「……待ってたんですか?」

「え、いや。その……まぁそうです。ちょっと期待してたし不安でした」


 苦笑を漏らす彼女は、そのまま続ける。


「ほら、君って付き合い始めてからも特にデートに誘ってくるわけじゃないし、もう飽きられてるのかなぁ……って思ってたから。だからってほら、女の子から誘うのも色々、ね?」

「そんなこと、ないですよ」


 佐原や伊藤が言っていたのはこれか。

 先輩にこんな思いをさせてしまっていたなんて。

 やはり俺は彼氏としての自覚が薄かったらしい。


「俺、笹山さんの事好きですよ。飽きるとかじゃなくて、単にどう誘っていいかわからなくて……」


 言っていて、情けなくなった。

 段々と尻すぼみになっていく言葉が虚しい。

 先輩はそんな俺に対して困ったような顔をしていた。


「でもいいの。こうして誘ってくれたんだから。私、今週末が部活のオフ日って知った時から予定空けてたんだよ?」

「俺のために、っすか?」

「当然」


 ありがたい話だ。

 頼りない後輩のために気を遣う笹山先輩。

 それはなんてことない、いつものこと。

 思い返せば部活でも彼女の気遣いに助けられまくっている。

 笹山先輩に惚れたのもそれが理由だし、元は『甘えたい』という願望が掴んだ関係性だった。


「甘えっぱなしですね。俺」

「甘えん坊だもんね」

「……はい」


 ただ、あまり受け身になり過ぎないようにしよう。


「それでですね、俺なりにデートスポット考えたんですけど、いまいち絞り切れなくて」

「うんうん」

「水族館と、動物園と、テーマパークだとどれが好きですか?」


 尋ねると、彼女はうーんと顎に手を当てて考え込んだ。


「水族館かなぁ」


 水族館と言われ、妙にストンと落ちるものがあった。

 何故か、動物園やテーマパークよりしっくりくる。


「何、そんなにやけ面して」

「いや、笹山さんってなんとなく水族館似合うなぁって」

「誉め言葉?」

「もちろん」


 何故か不服そうな先輩。

 別に魚臭いとか、そういう意味はないのだが。


「でも、初デートで水族館ってレベル高いかな」

「そうですかね? 俺達って世間的に見たら今もデートしてるようなもんですけど」

「君って変なところで落ち着いてるし照れもしないよね」

「そうすか?」


 変な表情をされるが、よくわからない。

 そもそも俺が落ち着いているものか。

 そんなにどっしり構えられていたら、もっと簡単にデートに誘えるはずだ。

 どっちかと言うとずっと照れてるし、ソワソワしてるんだけどな。


「じゃあ約束ね。今週末は水族館デート」

「楽しみです」


 なんだかんだデートの約束まで漕ぎ着けることができた。

 夢みたいだ。


 佐原と伊藤のアドバイスには感謝だな。


 ついでに、一生懸命デートスポットを勉強したのも良かったと思いたい。

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